ジャズ界の未来を切り開く俊英トランペッター、広瀬未来(ひろせみき)。彼が遂に、日本の硬派なジャズ・レーベルDays of Delightからアルバムを発表する。7月30日(木)に登場する最新作『The Golden Mask』がそれだ。
1984年生まれの広瀬は、甲南中学入学と同時にトランペット演奏を開始した。〈中山正治ジャズ大賞〉〈なにわ芸術祭新人奨励賞〉受賞後の2003年NYに渡り、ジャズ、サルサ、ヒップホップ、ファンクなど様々なジャンルで活動し、全米のみならずヨーロッパのライブハウスやジャズ・フェスティヴァルなどにも登場。2014年からは日本に拠点を移し、2015年〈神戸市文化奨励賞〉、2017年〈なにわジャズ大賞〉〈なにわ芸術祭新人賞〉受賞。自身のコンボやオーケストラを率いるいっぽう、大西順子セクステット等でも活躍し、大阪音楽大学や甲陽音楽学院では後進の育成に力を注いでいる。
2020年に醸造された、生一本のモダン・ジャズ。『The Golden Mask』について語る広瀬未来の言葉は限りない自信とエネルギーに満ちている。
片倉真由子との出会いが、このアルバムの原点
――ニュー・アルバム『The Golden Mask』制作のいきさつについて教えていただけますか。
「ピアニストの片倉真由子さんとの出会いが、このアルバムの原点です。いまから15年くらい前にNYで知り合ったんですが、当時彼女はジュリアード音楽院の学生で、僕は普通に向こうで音楽をやっていました。その後疎遠になっていたんだけど、日本に帰ってからNHK-FMの番組『セッション(THE SESSION 2017)』で再会した。“Milestones”を演奏した時に、強烈に意識がシンクロした瞬間があって。その後、彼女からライブに参加しないかとお誘いをいただいて、片倉真由子クインテットとして南青山のBody&Soulで演奏していたところにDays of Delightのオーナープロデューサー平野暁臣さんがやってきて、〈キミのリーダー・アルバムを作りたい! すぐ録ろう!〉みたいな感じで声をかけられて。面識がまったくなかったのにいきなりだったから、唖然としました。Days of Delightというレーベルについては、土岐英史さんや峰厚介さんのアルバム等で知っていましたが」
――それが2018年10月のことですね。録音は今年の3月16日に行なわれました。サウンドがより熟成するところを待って、吹き込みに取りかかったという感じでしょうか。
「録音の提案をいただいてからレコーディングまで、けっきょく1年半くらい時間がかかったのかな。そのあいだメンバーでライブをして、オリジナル曲のコンセプトを固めて。1年をほぼ同じメンバーで活動するとペースもできるし、音楽もまとまってきますよね」
――先ほどお話に出た片倉さん以外のメンバーも強力ですね。
「ベースの中林薫平さんは、僕の高校の先輩です。昔からずっと一緒に演奏していて、〈この人しかいないな〉と思っています。山田玲くんはここ数年かなり一緒に演奏をする機会が多いドラマーです。彼のリーダー・バンドでも僕は演奏していますし、とにかく素晴らしい。サックスの山口真文さんとも10年以上の知り合いで、リスペクトしています。真文さんとアルバムを作れたらいいなと思っていた時に、平野さんからのお話があったのはすごく幸運でした」
――山口さんと共演したトランペット奏者といえば、個人的には大野俊三さんを真っ先に思い浮かべるのですが、広瀬さんとのコンビネーションもすごく気持ちいいです。
「平野さんのお話がなければ、なかなか(レコーディングに)声をかけるのを躊躇していたかもしれない。真文さんはすごく年上で、キャリアも長い人ですし。でも、演奏の時は気兼ねなく、長年の友達のような感覚で一緒にプレイさせていただいているんです。自分が吹いた音と真文さんの音が一緒に混ざる感覚は最高なんですよ。お客さんには申し訳ないけど、その時の僕は世界で一番幸せかもしれない(笑)。だけど、真文さんに限らず、どのメンバーも世代に関係なく、純粋にいい音楽をやりたいということで選んだミュージシャンです」
――タイトル曲“The Golden Mask”がアルバムの1曲目に入っていて、ジャケットには岡本太郎の太陽の塔の〈黄金の顔〉部分が大きく映し出されています。
「あの曲は太陽の塔をトリビュートしたもので、〈The Golden Mask〉とは〈黄金の顔〉のこと。久しぶりに万博記念公園に太陽の塔を見に行った時に、〈やっぱりすげーな、このエネルギーは〉と思って。すぐれた芸術作品って、音楽にしても絵にしても、どーっとインパクトがある。太陽の塔もそんな感じですよ。大人になって見ても、子供の頃に見た時と変わらないインパクトがある。(3つある顔の中で〈黄金の顔〉を選んだのは)めちゃ単純な理由なんです、派手やからね(笑)。ジャケットに関しては、すべて平野さんにお任せです。僕は中身の音楽をしっかりやる。このジャケット、かっこいいでしょ? 見せてもらった時、すごく嬉しかった」
アレンジは書きすぎない、制約しすぎない
――今回のアルバムではスタンダード・ナンバーが3曲演奏されていて、そのうち“You're My Everything”と“September In The Rain”がハリー・ウォーレンの楽曲です。残念ながら日本ではジョージ・ガーシュウィンやコール・ポーターほど有名ではないですが、ものすごく趣味のいい楽曲チョイスだと思いました。
「彼の楽曲が好きなんですよ。すごくおしゃれでしょ。“I Found A Million Dollar Baby”とか“Summer Night”もそうですよね。でも今回2曲入っているのはたまたまで、別にハリー・ウォーレンを意識したわけではないんです」
――“September In The Rain”には、すごく洒落たコードが出てきます。
「リハモニゼーションですね。神戸でラジオ番組のパーソナリティをやってるんですが、公開収録コンサートが毎月あって、そこではジャズじゃない有名曲をあえてジャズ風に演奏するんです。たとえばジョン・レノンの“Imagine”を題材にリハモしたり、グルーヴを変えたり。そういった経験から来ていますね。元があるスタンダードを生まれ変わらせるというか、僕なりの“September In The Rain”ができたと思います。アレンジに関しては書きすぎないようにすること、制約しすぎないようにすることがひとつのキーかなと思いますね」
――2014年に結成された〈広瀬未来ジャズ・オーケストラ〉での経験もコンボのアレンジに反映されていますか?
「めちゃくちゃ反映されていると思います。アレンジすることは本当に昔から好きで、高校生くらいの時からしていました。だから自分のなかではある程度のメソッドは出来上がっているのかもしれないですね」
――7曲目に入っているオリジナル“Triennium”は、オーケストラ作品『Debut』(広瀬未来ジャズ・オーケストラ)でも演奏されていました。そこではフルートの合いの手が入ったり、トロンボーンが絡むところもあったんですが、今回はそれをクインテットで演奏しています。オーケストラでやった曲をコンボ用に書き直す感じですか?
「これはもともとコンボでずっと演奏していた曲なんですよ。それをビッグバンドにも書き換えて、今回コンボに戻した感じですね。僕は一つの楽曲を、これはビッグバンド用だな、これはコンボの方が良いなって、分けていないんです。コンボの色彩感、ビッグバンドの色彩感、それぞれ魅力的だし、面白い色を出せたかなとは思っています」
――曲名は日本語にすると〈3年間〉という意味ですね。
「日本に帰ってきて3年して作ったからという、ただそれだけで……(笑)」
――そして“Orange Osmanthus”は、キンモクセイ。
「ここ数年、〈花ってええな〉と思って。若い頃は興味がなかったんですが、最近になって飾ってある花に感動したり。たまたま歩いていて〈ええ匂いするなあ〉と思って、〈この匂い、何?〉って訊いたら、キンモクセイだって教えてもらって。その匂いを忘れないように家に帰って作った曲です」
――山口さんのソプラノ・サックスも香り高いですね。
「楽器のチョイスは、僕は基本的にプレイヤーに任せたい。でもこの曲に関していえば、ソプラノじゃないと出ない音域を使っていますからね」
――こうしたロマンティックな曲と、“Moonrise”のような激しいナンバーとの対比も魅力的です。
「先ほどしゃべったリハモともつながってきます。これは“Softly As In A Moring Sunrise”をまずリハモして、そこに自分のメロディーを乗せた。だから〈サンライズ〉に対する〈ムーンライズ〉なんです。もちろん普通に“Softly~”を演奏しても問題はない。だけど僕は〈このコード進行なら、原曲よりも自分の作ったメロディーのほうが合うんじゃないかな〉って勝手に思うところがあって、それが意外といい感触だったのでそのままレコーディングに持ち込みました」
――オリジナル曲を作る時のコツ、こだわりは?
「2013年にラテン・ジャズのアルバム『スクラッチ』を出したんですけど、その時は相当作りこんだ覚えがあります。でもいまは、当時ほど作りを完全にはしなくなりましたね。ある程度のところでやめておくんです。するとステージに持って行った時に、もっと飛躍する。完璧にしないようにするのがちょうどいい」
――演奏家がイマジネーションをその場で発揮するスペースを残しておくというか。
「そんな感じですね」