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西村知恵
 

歌詞を必要とせずに声というサウンドだけで表現すること

――近年のジャズシンガーのヴォカリーズ的なものは、器楽的でコンテンポラリーなアプローチの傾向が強いと思います。そちらとは全く違う方向で声を使っているのは、どういうルーツがあるのかなと思いました。

西村「世間的な流行や最先端ってあまり興味がなくて、私は自分の中で起きていることの先に行きたいんです。自分のルーツは未来にある気がしていて。常に自分の中から湧き出てくる〈もっとこっちに行きたい〉という気持ちがあって、その方向に従うことだけが、ちゃんと自分のルーツに繋がるような気がしています。私はそこに行きたいから、その扉を開けるには誰と繋がるのがいいのか、どの門を叩くといいのか、私はどういう人間になればいいのだろうと、そんなことを考えて行動してしまいます」

織原「僕と知恵さんに共通していることとして、そういう時節や流行に関係ない感じっていうこともあると思います。流行っているもの追いかけていたら、フレットレスとかジャコにハマってないですよね(笑)。そういう意味では個人的な快楽しか追い求めてない。人の顔色を見ないでやってきたっていうのが僕と知恵さんの共通点だと思います」

西村「私は音楽活動のブランクが10数年あって、歌わなかった時期は色々苦しかったんですけど、今思うとあの時に立ち止まって良かったなと思っています。そう思えるのは、再び歌おうと思った時にジャズボーカルのシーンとインストゥルメンタルのシーンを片っ端から聴いていったら、インストは無茶苦茶進化して面白くなっているのに、ボーカルのシーンはそうじゃなかった。インストの方が圧倒的に面白かった。〈このギャップは何?〉と思ってインストの先輩ミュージシャンと話している中で、美学やポリシー、ジャズに対しての熱い思いに改めて触れさせてもらえた時に、昔の熱量がグワッと戻ってきました。ジャズボーカルという以前に、〈この方たちと同じ熱量で話ができるぐらいのことがいつかできたら、昔と違う、音楽を純粋に楽しめる自分がいるんじゃないかな〉と思って、そこからインストを沢山聴きに行き、良いと思ったミュージシャンに一緒にライブをお願いするようになりました。だから自分の中で、自分の耳に正直に生きるっていうことはずっと守りたいと思っています。

そんな流れで織原君のサウンドを聞いた時に、〈一つの楽器でこういう大きな世界が作れるのってなんなんだろう?〉と思って。〈じゃあ私も声ひとつでもいけるんじゃない?〉って想像したんです。私はジャズが好きだから、ジャズを歌うし、歌詞を歌うし、その中から沢山学びたい。でも、いつか私が自分の持っている声だけでちゃんとした作品を作れたら、自分としても自尊心をしっかり保てるのかなと。このバンドの楽曲は、アルバムに入っていない曲も一切歌詞がないので、歌詞を必要とせずに声というサウンドだけで表現することを勉強させてもらっています」

 

井上銘
 

井上銘と本田珠也

――織原さんは音楽監督として、メンバーの人選や音楽性についてお話しいただけますか?

織原「井上銘君は、実は知恵さんに歌を習っているんですよ。知恵さんとはデュオとしても長く共演していて、アルバム『First Song』(2020年)も作っている間柄です。僕と知恵さんがライブをした時に銘君が見に来てくれたのがとても嬉しくて、知恵さんと銘君とのデュオ、知恵さんと僕とのデュオで、いつか一緒にやってみたいと思ったんです。でも僕ね、そこにさらに(本田)珠也さんを入れたらいいんじゃないかなって思って。

僕は以前、市野元彦(ギター)、滝野聡(ギター)、本田珠也(ドラムス)という4人で、miDというバンドをやっていました。そのサウンドを、歌詞なしのボーカルでやってみたいと思ったんですよ。miDでやっていた音楽に知恵さんの熱量が加わったら、さらにいいサウンドになるんじゃないかと思って。

銘君と最初に会ったのは彼が17歳の時で、パット・マルティーノが好きって言ってた頃。その後、彼はアメリカに行って、コンテンポラリーなギタリストになって帰ってきたんですけど、国内でCRCK/LCKSやシンガーのバックで演奏することが増えて、エレキギターの楽しさをすごく噛み締めている印象なんですよね。だから僕から銘君に演奏の注文はほとんど出さなかったんですよ。彼の判断で、ストロークだけの場面もあったりして。彼の中でコンテンポラリーなサウンドに寄せたり、カッコよく弾こうって思っていないのがいいんですよね。今の銘君だからこのサウンドになっていると思います。

珠也さんを呼ぼうと思ったのは、完全に5曲目の“汚れた群青”をやるため。珠也さんのロックのような熱量のある8ビートが欲しかったんですよ。チューニングのせいなのかサウンドのせいなのか、他の人はなかなか叩けないあの太さ。問答無用でカッコいいじゃないですか。僕が難聴で入院した時、珠也さんがメールをくれて、〈ありがとうございます〉って返信したら〈友達とはそういうもんだろ〉って。カッコよさってそういうところからくるもんですよね」

本作にも収録されている“汚れた群青”のライブリハーサル映像
 
本田珠也
 

そこに立っててくれれば音楽になります

――では、1曲ずつ演奏について教えて下さい。1曲目“溶けた日常”について。

織原「曲の意図としては、コロナで街がすっからかんだった、あの状態ですね。この曲はとても小さい音で、いつもライブの冒頭かセカンドの最初に演奏していて、掴みでもあるし、小さい音でも僕らが勇気を持って音楽できるっていう心構えの曲というか。空間を聴かせる。頑張って3コーラス、間を開けて」

西村「私は最初にライブでやった時、もうちょっと声を出していたんですよ。織原君に〈知恵さん、一切盛り上がらなくていい〉って言われて、私としてはもう少し歌い上げるところが欲しい、噴火させたいと思っていたんですけど、〈ずーっと我慢でお願いします。噴火はすいません、一切どこにもありません〉って言われて。やってみると、ああ面白い世界ができるんだなって。ボリュームも本当に最小限にして、気持ちもあまり上げずに歌うんだけど、声をグワッと出さずとも内側だけでメラメラできるんだ、ギュッと抑えて圧縮した声でいいんだって思った時に、したかった表現がすごく見えてきました。

シンガーとして、あれだけ小さい声を出し続けるって言うのは、声帯が結構ヤバくなるんですよ。歌詞がなくほとんど同じ音なので、声帯を変える音がないんですよね。なので、このVirtual Silenceを最初デュオでやっていた時は、きつくて年に1回しかライブができなかった。4人でやるようになってからも、面白いんだけれども喉がヤバい。この“溶けた日常”が一番きついけれど、でもエネルギー値が弱いような結果には全然なってないから面白い体験だなって思いますし、人間の体からメンタルとか感情とかを伴って出てくる音をずっとフラットにした場合に何が起きるのかっていう、私の中ですごく新しい発見がありました」

――2曲目“矛盾の街”は一つのオスティナート(音の繰り返し)しかありませんが、BGAやこのプロジェクトにあるような織原さんのアンビエント的な発想は、どこからきているのですか?

織原「一つはルーパーですね。ルーパーを使って音を重ねて、ベースラインの打楽器的なところ、コード、メロディー、ソロなど全部やるっていうパフォーマンスがあるじゃないですか。僕もルーパーを買った時にそれに挑戦したんですけど、ルーパーを使ってやりたいことっていうのは、そういうのじゃなかったんですね。エレベって、他のジャズ楽器のほとんどにない〈音量ゼロ値〉があるんです。そのゼロを活かしたループができないかなって思って、ボリュームをゼロから少し上げたりしながら、例えば5分ぐらいかけて“Giant Steps”(ジョン・コルトレーンの曲)の1コーラスみたいなループを作ってみたんですよ。そしたら最初のコード1つが30秒ぐらい、長いビヨーンていうのができて、この音をバックにアドリブをしようと思ったんですけど、最終的にこれで8時間とか9時間とかをBGMでやっちゃおうと思って。BGM(=バックグラウンドミュージック)らしくないし、これはアンビエントだなと思って、Back Ground Anbient(BGA)にしようと思いついたのが一つ。

そして二つ目。この2曲目で使っているアンビエントとかオスティナートみたいな音ですね。ああいうのはビョルン・マイヤー(Björn Meyer)ってベーシスト(初めてエレキベースのソロとしてECMから作品をリリースした)とか、スクリ・スヴェリソン(Skúli Sverrisson)ってアイスランドのベーシストから影響を受けています。オスティナートを聴かせる弦楽器の世界ですね。僕の思っているアンビエントって、この二つが両軸なんですよね」

――西村さんは、歌詞を歌わない、自分が主役でもないことについて、気をつけていることや意識していることとかありますか?

西村「4人での初合わせの前に、織原君とリハーサルしたら、〈とりあえず知恵さん、この曲もずっとそのままでいいです〉みたいな指示ばっかりだったんですよ。

その時、どういう位置で歌えばいいんだろうなあって思ったら、織原君が一言、〈知恵さんは、歌ってても歌ってなくても何でもいいので、そこに立っててくれれば音楽になります〉って言ったんです」

織原「そんなこと言いましたっけ」

西村「そう。私が立ってるだけで曲になるから大丈夫だって言ってくれたことで、色んな無駄なものがパーンとどこかにいって、〈はい私の役割わかりました、見えました、OK〉みたいになりました。

昨年10月のライブの時も、織原君が〈何でもいいんで知恵さんと珠也さんの二人だけで1曲やってください〉って言ったんですよ。〈やだよー、めっちゃ緊張する〉って思ったんですけど、曲も直前まで告げず、もちろんリハーサルもせず、その時感じたものだけで1曲やって。楽屋に戻ったら織原君と銘君がにやにやして〈すっごく面白かった〉って言ってました。何が面白かったのかよくわからないんですけど、二人がとても楽しそうだったのを見て、織原君が〈知恵さんはそこに立っててくれるだけでいいんだ〉って言ったことが腑に落ちたというか、歌い上げようと思うよりは、私が自然体になっているということが一番なんだなって、私の中ではしっくりきたっていう感じです。

なので、この曲以外でも淡々とやること、私がただそこに生きて立ってますよっていうことがいいんだなと解釈することができましたね」