(左から)井上銘、織原良次、西村知恵、本田珠也
 

2021年12月7日(火)、ジャズシンガー・西村知恵とフレットレスベーシスト・織原良次のプロジェクト〈Virtual Silence〉によるアルバム『VIRTUAL SILENCE/CHIE NISHIMURA』が発売される。

もともとデュオで出発したこのプロジェクトは、ギタリストに井上銘、ドラマーに本田珠也を迎え、2020年10月に4人編成で初ライブを実施。「1回目のライブの時にアルバムを作ろうと思った」という西村知恵の直感で、半年後の2021年4月に録音を敢行したのが、この作品だ。4人での演奏は、この録音を含めてまだ4回のみ。その緊張感と熱量を閉じ込めた、エネルギーの交感を感じさせる作品となった。

西村知恵は、これまでスタンダードを直球で歌ってきたジャズシンガー。また、織原良次はジャコ・パストリアスの研究家としても知られており、一見するとこの二人のどこに接点があるのか分かりにくい。二人にどのような出会いがあり、どのようにして今作の表現に至ったのか、二人にインタビューを行った。

Virtual Silence 『VIRTUAL SILENCE/CHIE NISHIMURA』 (2021)



一見真逆だけど、本質的には一緒の二人

――西村さんはこれまでオーセンティックなジャズを歌っているイメージがありましたが、今回は声一つだけですね。Virtual Silenceが始まったきっかけは、織原良次のプロジェクト〈BGA (Back Ground Ambient) 透明な家具〉だそうですが、最初にBGAを見た時どういう印象をお持ちになりましたか?

西村知恵「こんな世界もあるんだ!って。カーラ・ブレイ(Carla Bley)の“Utviklingssang”という曲を以前からずっと好きで聴いていたんですけど、いつかこういう楽曲を、あえて歌詞をつけずにやりたいなと考えていたことが頭をよぎりました。

織原君のBGAのサウンドが、作品を仕上げたというよりかは空気のような存在としてあって、それがその時の私にとっては謎だったんですけど、もしかしたらこの謎の心地良さが私のイメージしていた表現の方向に行くんじゃないかと思って、一度一緒に演奏したいとライブのオファーをしたんです」

――これまでも沢山の素晴らしいベース奏者と、デュオでの共演やアルバム制作をされていますね。

西村「ベースのサウンドが、とにかく好きなんです。ピアノトリオや大きい編成での演奏でも、ベースがどんな音なのかがまず気になります。10代で歌い始めた時、北九州の井島正雄さんというベーシストに指導を受けていたこともあって、ベースの存在感やカッコよさを、活動初期から現場でとても実感していました。普段の演奏でも、楽器の編成や楽曲によって歌い方や声色を調節して歌いますが、相手がベース一人であれば、その個人のサウンドの広さや深さ、存在感が味わえるし、それによって自分の声の広さや深さを変えていく。そのバランスを考えながら歌うのが好きなんです。今年の3月にウッドベースの河上修さんとデュオでアルバムを作った時も、さすがにアルバムは挑戦になるなと思ったんですが、大成功でした」

西村知恵と河上修のユニット、FUNKY DUOの2021年作『FUNKY DUO』より“Cinema Paradiso”
 

――様々なベーシストと共演される中で、織原さんに出会った時はどういう印象だったのですか?

西村「そうですね……〈何この変な人〉と思いました(笑)。フレットレスベースということもあるけれど、聴き馴染んでいないサウンドで、私がイメージしていない世界がウワーッやってきて、これはゾクゾクするなあという感じでしたね」

――織原さんの方は、西村さんと最初に会ったり音を出したりした時の感触は、どんなものでしたか?

織原良次「最初は、六本木のお店で知恵さんのアルバムがかかっているのを聴いたんですよ。その声がとても良かったんです。それで知恵さんを認識して、先に共演していた井上銘君にも話を聞いたりして。知恵さんって、すごく直感的な人なんですよ。思いついたら動いてみようっていうパワーのある人で、BGAを聴いてもらった時もすぐに〈デュオでやってみましょう〉ってことになって、それでリハをしました。他のオーセンティックなシンガーとは全く違った熱量を持った人で、声も熱量がある声なんですよね。

その最初に会った時に色々話をしていて驚いたのが、知恵さんが中学生の時にエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)の完コピをしていたという話。他にもジャズの話や生い立ちの話を色々していく中で、ひたすらジャコ好きの僕と、ジャズそのものに情熱を向ける知恵さんって、一見真逆に思えるんですけど、本質的には良い音楽をやりたいっていうところは一緒だなと思ったんです」

――その、中学生でエラのコピーをしていた頃の話を聞きたいです。

西村「元々歌うことは大好きなんですが、おじいさんの代から、〈頭がいいとかお金持ちよりも、歌が上手い人が一番偉いんだ〉っていう価値観の家庭で育ったんです。鹿児島の自然が多い、街灯もあまりなくて人間より動物に注意を払うようなところで。小学生の時に吹奏楽でトランペットを少しやったことがあって、母もシャンソンとかトランペットのいろんなレコードを聴いていて、歌の基本は美空ひばり。楽器はニニ・ロッソ(Nini Rosso)。そういう環境でした。

中学3年生の時に、毎週観ていたテレビ番組でルイ・アームストロング(Louis Armstrong)の物語をやっていて、途中でルイ・アームストロングが歌ってトランペットを吹いている映像が流れたんですよ。それを見て、〈すごい! こんなに幸せな世界があるんだ!〉って思って、もう完全に心が連れ去られた感じでしたね。その時に〈サッチモ〉という言葉だけを覚えて、電車で2時間かけて街のレコード屋に行ってCDを買って、その歌声を真似しようと思ったんですけど、サッチモの声はあまりにもガラガラで、私の声も大変なことになるので、もう一度同じレコード屋に行って、サッチモの隣にあった、きっと女性だろうなっていう名前の人のベスト盤を買ったんです。それがエラ・フィッツジェラルド。

17曲入ってたんですが、そのCDがもう楽しくてしょうがなかったので、1曲目から17曲目まで、歌はもちろん、息を吸うタイミングから笑い声、曲間の〈Thank You, Thank You〉〈Ladies And Gentlemen〉みたいなMCまで、タイミングがずれたら巻き戻して真似するっていうのを、自分の中ではままごとのような感じで3年間毎日のようにやったんですよね。まさに〈エラ・フィッツジェラルドごっこ〉です。1曲目から5曲目まで覚えたら、誰もいない6畳間で〈Thank You, Thank You〉って言って、客席からワーッと歓声が上がるのを想像しながら一人でライブをして、一人で楽しむような日々でした。別に母にも見せないし、誰にも邪魔されない私だけの世界。すごく幸せな時間だったなと思います。あの時が一番集中して、音楽とか人の声を聴き取ることに没頭できていたのかなあって思いますね」

――今ちょっと〈Thank You〉って言っただけでそっくりでした! それはすごく大事な体験ですね。

西村「2時間かけて鹿児島の街の方に行くとジャズ喫茶があって、口やかましそうなマスターに〈エラをかけてください〉って言ったら、〈君はエラしか知らんのか〉なんて言われて、他にサラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)や色んなミュージシャンを聴かせてもらって、また世界が広がりました。〈君はなんでエラエラ言うんだ〉って訊かれるから、CDを完コピしたんだって言ったら、〈どれ、聴いてやるからちょっと歌ってみろ〉って言われて。アカペラでちょっと歌ったら、〈はあっ? どこに留学してたの?〉って言われて。留学も何も、部屋にこもってずっと練習したんだって言ったら、〈いや、ビックリしたな、こんな奴がいるのか!〉って言われて、それで〈おっ、あの完コピはうまくいったんだ!〉って思ったのが、ちょっと勇気が出た最初の出来事ですね」