ケンペ&フレイレの濃密な音の対話に心が高揚する

 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とルドルフ・ケンペ(1910~1976)のコンビは、歴史に残る偉大な録音を何枚か残したことで知られるが、今回はピアノのネルソン・フレイレをソリストに迎えたディスクが再登場し、その輝きをいまに伝えている。

 ある演奏を聴いたとき、その作品に対する印象が大きく変わることがあるが、フレイレはそうした思いを抱かせる稀有なピアニスト。演奏は派手でも感情過多でもなく、常に作品と真摯に対峙し、作曲家の偉大さを前面に出す奏法。音の透明感と柔軟さは比類なきもので、その奥に静かな情熱が宿る。

 以前、フランスのナントで行われている〈ラ・フォル・ジュルネ〉でグリーグのピアノ協奏曲を聴いたとき、ティンパニのトリルに次いでいきなりピアノがカデンツァを弾くという斬新な冒頭から、フレイレのピアノはまったく新しい空気を生み出した。北欧の涼風をただよわせ、哀愁、優美、繊細、高揚感、力強さなどの表情を荘厳な絵巻物のように描き出した。そのグリーグが今回の録音に登場しているが、ここでのフレイレはケンペ&オーケストラとの対話を大切に、内なる情熱を秘めたピアニズムを披露。若きフレイレの熱き演奏に心が揺さぶられる。

RUDOLF KEMPE, MUNICH PHILHARMONIC ORCHESTRA, NELSON FREIRE 『ミュンヘン・フィル・コンプリート・CBSセッションズ1968』 Sony Classical(2021)

 今回の録音に耳を傾けると、ケンペとフレイレは同質の音楽性、人間性を備えていることに気づく。ふたりは名声や地位などにまったく興味を示さず、ひたすら作品のすばらしさを伝えようと全身全霊を傾け、聴衆とともに作品を楽しむ。自然体で愉悦の表情に富み、聴き手を作曲家へと近づけてくれるふたりは、コンチェルトで雄弁な対話を繰り広げている。そんなフレイレが2021年10月31日に天に召された、享年77。この録音は若きフレイレの記念碑的な意味合いを備え、ケンペ&ミュンヘン・フィルの絆の深さも表している。正統派なのにみずみずしく心が高揚するディスクである。