日本独自の舞踊スタイルである〈舞踏〉と、誰もが聞き覚えのある名曲を含むクラシック音楽のコラボレーションで広がる古くて新しい、万葉絵巻の世界

 東京文化会館は今年から、青少年と劇場をつなぐ〈シアター・デビュー・プログラム〉を開始した。とくに今回は小学生を主な対象として、〈クラシック音楽と舞踏のコラボレーション〉を企画。演目は平安時代の「堤中納言物語」にある「虫めづる姫君」が選ばれた。

 これは現代でも愛されている話である。虫ばかり可愛がっている姫君が、お歯黒や眉を抜くといった当時の女性のたしなみには全く無頓着で、周囲の人に諫められても改めようとはしない。貴族の御曹司から恋文をもらっても、まるで意に介さないのである。〈我が道を行く〉その姿は、現代の我々にとってむしろ身近な話に感じられる。

 とくに日本では、長年女性を縛ってきた〈女のくせに〉〈そんなんじゃいいお嫁さんになれない〉という呪縛に、NOといえる環境作りが、やっと本格化してきた。そもそも〈男らしさ・女らしさ〉は押しつけられるものではなく、自分で選び取るものだ……という、極めて今日的なメッセージが、この「虫めづる姫君」には溢れているのである。

 ちなみにジブリの名作「風の谷のナウシカ」の原作マンガの後書きでは、作者の宮崎駿自ら「虫めづる姫君」について言及しており、これがナウシカの源イメージのひとつと言われている。

 ではどのように舞台化するのか。

 クラシック音楽と舞踏、歌(ソプラノ・三宅理恵)も入ってくる。

 演出・振付そして姫君を演じるのは我妻恵美子だ。日本を代表する舞踏カンパニーである大駱駝艦のメインダンサーとして活躍してきた実績がある。

我妻恵美子
©Naoko Kumagai

 舞踏は日本から世界へと広がっていったダンスで、〈白塗り・半裸・ゆっくり動く〉というイメージが強いが、その表現スタイルは多岐にわたる。じつは舞踏公演でクラシック音楽は結構使われることも多く、両者の相性は悪くない。

 ダンサーはさらに二人(塩谷智司、阿目虎南)登場する。いずれもタダモノではなく、奇怪さと美しさを兼ねた異形の舞踏ダンサー達である。我妻は「虫と人間の境のない舞台にしたい」と言っており、他に類を見ない身体表現が見られそうだ。

 音楽監督は、オペラなど幅広く活躍し、異ジャンルとのコラボレーションも多い加藤昌則。加藤自身が舞台上でピアノも演奏する他、選曲・オリジナル曲も創る。加藤は学生時代から舞台芸術が好きで、よく見て回ったという。

加藤昌則

 有名なクラシック曲が多数使われるので、舞台に慣れていない人も親しみを持てるだろう。特に今回はミュージシャン達も舞台上で作品に参加するため、楽器編成も入念に考え抜かれている。

 まず管楽器(フルートとクラリネット)は、舞台上を動きながら演奏できる利点がある。しかも他の管楽器に代えて、色々な音を出すこともできる。弦楽器(チェロ)はフルートとやクラリネットとは違う音域を出せるので、音のバリエーションが広がる。息継ぎすることなく音を出し続けられるし、さらには弓以外に指で弦を弾いたり叩いたりが可能だ。

 加藤はもちろんピアノで参加するが、オリジナル曲の“手まり歌”も作曲した。「帰り道で口ずさめるような親しみのある曲。そしてこの姫君のように周囲の理不尽さに直面したときに、力づけてくれるような歌です」(加藤)

 貴族の御曹司と姫君の恋文の応酬は、ラップのバトルのようになる案も出ているという。我妻は「ラップのバトルは、自分の感情が嘘なく相手に刺さるよう研ぎ澄まされた言葉の応酬。リズムに乗せた言葉のやりとりは、昔も今も人間が根源的に持っている欲求ですよね」という。

 愛する人に歌(短歌)を送る万葉の時代も、ネットやラップで言葉を伝える現代も、人間のすることは根底ではさほど変わっていないのかもしれない。

 我妻は「姫君のような子供時代は、親に守られ、好きなことだけに囲まれた、いわば楽園です。でも大人になれば、自分とは違う価値観とぶつかることになる。でも様々な他者と共存する方法を模索していくことで、世界の多様さや豊かさを知ることができる」と語る。

 強い主張を持つことと、世界に無関心で孤立することは違う。少しづつ自分の世界を広げて豊かになっていく姫君の姿を、楽しみに待ちたい。

 


LIVE INFORMATION
Music Program TOKYO シアター・デビュー・プログラム
虫めづる姫君《新制作》

2022年2月5日(土)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開場/開演:14:15/15:00
2022年2月6日(日)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開場/開演:14:15/15:00

■曲目
J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 二短調 BWV1043
グリーグ:「ペール・ギュント」第1組曲より「山の魔王の宮殿にて」
リー・ホイビー:蛇
加藤昌則:虫めづる姫君(世界初演) 他、様々な作曲家の作品から選曲

■出演
演出/振付/舞踏:我妻恵美子
音楽監督/作編曲/ピアノ:加藤昌則
三宅理恵(ソプラノ、語り部)
上野由恵(フルート)/濱崎由紀(クラリネット)/笹沼樹(チェロ)
舞踏:塩谷智司/阿目虎南(燦然CAMP)

https://www.t-bunka.jp/stage/10729/