虫好きの奇特な〈姫君〉の世界
舞踏とクラシック音楽で表現
自分の身体は〈空っぽの袋〉
日本最古の短編集と言われる平安時代の「堤中納言物語」には、「虫めづる姫君」という風変りな物語が収められている。この物語を日本特有の踊りである舞踏とクラシック音楽で表現した若者・子ども向けの舞台公演が6月20・21日、東京文化会館小ホールで上演される。演出や振付を担当し、自身も姫君役で出演する舞踏家の我妻恵美子に狙いや公演への思いを聞いた。
「この『虫めづる姫君』は2022年2月が初演でした。当時はまだコロナ禍で、客席の間隔を開ける配慮や人が近づき過ぎる演出も避ける必要がありました。再演となる今回はライヴならではの接近と迫力を増し、前回断念した演出も可能になるのでとても嬉しいです」
──共演する加藤昌則はピアニスト、作編曲家、プロデューサーとしてマルチに活躍する音楽家だ。加藤の作曲による音楽にバッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ショスタコーヴィチなどクラシック音楽の名曲を織り交ぜ、そこに舞踏の身体表現を重ねる。今までの例のない手法で、虫が好きな奇特な姫君の世界観を現出させようと試みた。
「加藤さんとは当時初めましての間柄で、表現の仕方に一つの明確な方法や答えがあったわけではないので、2021年の1月から毎月セッションを重ねていろいろなアイデアを試しながら創作していくスタイルを取りました。初演は大いに挑戦を盛り込んだ新しい作品の誕生という勢いと大胆さがあったと思います。それに対して今回の再演では、作品の細かな部分をより丁寧に磨き上げていくことが楽しみです。また加藤さんも私も表現者として常に新鮮さを大切にしているので、新たな要素がもちろん加わります。前回観覧して頂いたお客様も、初めてのお客様も十分に楽しんで頂ける作品になると思います」
──大人ですら舞踏を観たことない人は多くいるだけに、子どもが対象となるとさらに見せ方のハードルが上がる。
「お子様は先入観にとらわれず、直感的に舞踏を受け取ってくれていると感じます。白塗りの姿に驚くかもしれませんが、意外と怖がられません。ユニークな舞台体験となるのでたくさんのお子様に観に来て頂きたいです。言葉で説明をしつくさない体での表現を通して目に見えない部分や心を感じ、想像力を膨らませながらそれぞれの物語を創り出して欲しいです」
──姫君は世の常識からかけ離れた女性として描かれているが、ここに物事の本質が現れているとみる。
「虫が好きな姫君は当時の理想とされる女性像からは大きく外れています。女とはこうだという外からの価値観に従うのではなく、虫を通じて命あるものの本質を探ります。この作品では〈どうしてだろう?〉と自分で考え続けることの大切さを問います。わからないものに安易に答えを出したり無視したりするのではなく、心で問い続けることが、敵味方を分けずに理解しようとする気持ち、命あるものへの優しさの源になると思います」
──普段の舞踏公演との最大の違いは、音に合わせて踊る点だろう。戸惑いはなかったのか。
「舞踏では踊り手の呼吸で動きを合わせていきます。今回の創作では音楽か舞踏かどちらか一方が主導権を握るというより、双方から対話を重ねるようにアプローチをしました。心情や情景を音と踊りで表すことで、多くを語らずとも浮かび上がるドラマがあります。作中には虫の音を楽器で奏でるシーンもあります。音楽で踊っているようでもあり虫と戯れている姫の姿のようでもありと、いくつかのレイヤーを重ねて表現しています」