〈声楽・オペラ〉だけでなく〈室内楽〉コーナーにも面陳したい『いのちのうた』アルバム。

 島田雅彦(台本)× 渋谷慶一郎(作曲)による新作オペラ「Super Angels スーパーエンジェル」出演や、魅惑のコラボ・ステージから自身のソロ・リサイタルまで、今年も活躍めざましかった日本が誇るカウンターテナー。先頃リリースされた3枚目のアルバム『いのちのうた』は、2020年2月(コロナ禍による自粛期間の直前)に、東京文化会館小ホールで開催された伝説の舞台「400歳のカストラート」とも重なる内容で、早くも大きな話題を集めている。

藤木大地 『いのちのうた』 キングインターナショナル(2021)

 

――CDのお話に入る前に……先日、横浜みなとみらいホールの企画制作に携わる初代〈プロデューサー in レジデンス〉に就任されましたね。

「楽しみです! 聴衆の皆さんのための企画を考えるのはもちろん、コロナ禍で仕事を失った経験から、舞台芸術を職業として生活する音楽家やスタッフの雇用を継続的に生み出すこともまた、プロデューサーのつとめだと考えていて。全国各地の劇場や主催者との共同制作などで、例えば僕の故郷である宮崎の人にみなとみらいを知ってもらえたり、その逆もあったり、お互いのメリットになるようなラインナップを構想していますので、どうかご期待ください」

――舞台「400歳のカストラート」は永遠の命を得て、400年生き続けたカストラートの哀しくも美しい数奇な生涯を描いたドラマ。あの初演を観た後、世界はパンデミックによってがらりと変わり、不老不死ではない私たちも、実際に身近な人や大切な人との死別を沢山経験することになるなんて……。

「本当に……狙ったわけではないし、想像もしてなかったことですが。でも優れた舞台作品はテーマが普遍的というか、どんな世の中にもフィットして、人々が受け取ることのできるメーセージをいっぱい含んでいるのだと思います。CDも同じで、1枚を通して物語を綴りつつ、聴く人の心を自然に動かし、それぞれの人生のフェーズにあった引き出しをあけるきっかけとかになれたら最高ですね」

――今回のアルバムはあの舞台と同じ、弦楽四重奏にピアノが加わった編成でレコーディングされています。

「舞台を企画した時から、ピアノ五重奏ならコンパクトで移動も簡単なので再演もしやすく、かつサウンド的にもオーケストラに負けない、理想の編成なのではと思っていた。それで3枚目を作るなら、同じ編成で歌って形に残したいと提案しました。あの時は若手が中心だったので、今回はヴァイオリンの成田達輝さん以外の演奏者を一新して、僕が直接お声をかけて最強のプレイヤーに集まってもらいました。皆さんソリストとしても活躍しているスターばかり、ちょっと豪華過ぎるかもしれませんが、このメンバーでコンサート・ツアーなども計画しています」

――当然、舞台の音楽監督で編曲とピアノ演奏も担当されていた加藤昌則さんも参加されて。

「加藤さんには今回、指揮者のように俯瞰で全体を見て欲しくて、編曲に徹していただきました。メンバーありきでアレンジを考えてもらったので、それぞれの楽器の聴かせどころが満載です。例えばマーラー“私はこの世に忘れられた”の前奏は川本嘉子さんのヴィオラのために書かれているなど、とても贅沢な造りになっています。最初にテスト録音を聴いたら歌が前面に出ていたので〈僕はこのCDを室内楽のアルバムのつもりで録音したい〉って伝えたら、みんなでその目標に向かってレコーディングが始まり、最終的に納得のいくものが完成しました。だからタワーレコードさんの店舗でもぜひ声楽コーナーだけでなく、室内楽コーナーにも置いていただけたら嬉しいです」

――劇中ではマーラーの交響曲第6番“悲劇的”の器楽編曲が演奏されていましたが、CDでは歌曲“私はこの世に忘れられた”で代弁されていたり、「400歳のカストラート」の世界観を踏襲したアルバムではあるけれど、決してあの舞台のサントラ盤じゃないところが本作のポイントですね。

「観てくれた方にも、これからご覧になる方(※2022年に再演予定あり)にも楽しんでいただきたくて、劇中で歌った10曲に新しく6曲を加えた構成になっています。加藤さんの編曲なら、全体で違和感のない仕上がりになるって確信していたから…だってあの人、天才なので!」

――舞台とは違ってJ.S.バッハの“主よ、人の望みの喜びよ”で幕が開けますが、すっとこの世界に引き込まれます。

「音楽史的な流れでもありますが、誰の心をも癒やしてくれるバッハの旋律は、日常を離れて、これから始まる73分間のドラマの旅へ誘うのに相応しいと思い、選びました」

――劇中でもコミカルだった“お客を招くのが趣味でね”(オペレッタ「こうもり」より)から、主人公の苦悩や悲劇が重ねられていた“ヴォカリーズ”(ラフマニノフ)や“アニュス・デイ”(バーバー)、演出と美術等を担当された人形劇俳優・平常(たいらじょう)さんの〈推し〉ソングでもあったという讃美歌“神ともにいまして”、そしてまるで「400歳のカストラート」のあの場面のために書かれた曲としか思えなかった、木下牧子さん作曲“鷗”(詩:三好達治)と、あの日客席で胸震わせた感情が再び押し寄せてきました。

「ありがとうございます!」