インタビュー

萩田光雄『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』筒美京平が信頼を置いた編曲家が語る歌謡曲の時代とアイドル音楽

真打登場!
日本独自のポップ・アート〈歌謡曲〉を支え続けた大編曲家の軌跡

 遂に真打登場である。近年、昭和歌謡曲のアレンジャーの仕事が見直されつつある。いや、初めてちゃんと光が当てられたと言った方がいいか。一人の編曲家の作品を集めたCDボックスや関連書籍などが相次いで登場し、その業績が検証されてきた。一昨年には『作編曲家 大村雅朗の軌跡 1976-1999』が、昨年は『船山基紀サウンド・ストーリー ~時代のイントロダクション~』がリリースされたが、同じソニーから、今回遂に、萩田光雄の作品集(CD5枚組)が登場した。そしてなんと同日にユニバーサルからは『若草恵 サウンドマジック ~編曲美学~』(CD4枚組)もリリース。昭和歌謡の黄金時代(70~80年代)を支えたこれら編曲家たちの作品集を前に、今改めて、歌謡曲における編曲の重要性を痛感させられている次第だ。

VARIOUS ARTISTS 『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』 GT music(2021)

 『音の魔術師/作編曲家・萩田光雄の世界』はもちろんCDだけでなく、全92曲の楽曲解説や関係者(太田裕美、南野陽子など)との対談、そしてディスコグラフィー(4000曲超)等を掲載した充実のブックレット付き。真打にふさわしい大箱である。

 中学時代に金管や打楽器を演奏し始めた萩田(1946年生まれ)は、慶応志木高校~慶応大学時代にはギターも習得し、22才の時、音楽雑誌主催の作曲コンクールで優勝。「それで、なんとなく人生のハンドルを音楽に向けた」彼は、大学卒業後にヤマハ音楽振興会の作編曲教室でストリングス・アレンジなどを学び、そのままヤマハでポプコン(ポピュラーソング・コンテスト)作品の編曲仕事(応募者のメロディ譜を審査用オケ譜にする)を始めた。高木麻早“ひとりぼっちの部屋”(73年)とか髙田真樹子“屋根”(74年)など、当時ポプコン用に萩田が手掛けた百曲以上の仕事こそが、その後の彼の長いキャリアの土台となった。そして74年から、いよいよ歌謡界のメイン・ストリートで才能を発揮していくことになる。旧来の歌謡曲とニューミュージックが衝突、混交する中、新感覚に彩られた日本独自のポップ・ミュージックが産声を上げた頃だ。

 「ヤマハには船山基紀くんや林哲司くんなど、その後活躍する若い作編曲家たちが何人もいた。皆、戦後の洋楽で育った団塊世代。60年代までは作曲家の多くがレコード会社の専属だったけど、当時は社会環境的にもだんだん自由になり、フリーランスという生き方ができるようになってきていた。だから僕らはいろんな意味でノビノビとやれたんです」

 当時既に巨匠だった筒美京平に才能を認められ、船山と共に筒美作品(南沙織、太田裕美、桑名正博その他)の多くを手掛けたことが萩田の成功の礎になったのは間違いないが、筒美作品以外にも、布施明“シクラメンのかほり”、桑江知子“私のハートはストップモーション”、久保田早紀“異邦人”、あみん“待つわ”、中森明菜“少女A”、安田成美“風の谷のナウシカ”、小林明子“恋におちて -Fall in Love-”等々、そして“プレイバックPart2”など山口百恵作品といった具合に、70~80年代に彼が手掛けた歴史的名曲は枚挙にいとまがない。

 筒美は萩田の仕事を「正しい編曲」と評した。それはつまり、自分がそうしてほしいと思うような編曲を萩田は間違いなくやってくれるという全幅の信頼の証だった。キャッチーで立体的でスキがなく、バランスのとれた品のいい編曲、ということである。イントロの見事さという点でも、船山と双璧だ。

 「いいイントロができれば、半分完成したようなものなんです。イントロは、歌手の登場のための花道だから」

 また、意外にも思えるが、アイドル作品に対する愛着と熱意も並々ならない。

 「アイドル仕事は、ひとことで言えば、何でもアリ。作詞・作曲家、編曲家、ディレクターなど制作陣は、今度はあの子にこういう歌をやらせてみようとあれこれ案を練る。たいていのアイドルは、そんな歌は嫌ですとかそんな服は着たくないです、とは言わない。我々のアイデアに真摯に対応し、チャレンジしてくれる。だから我々は自由度の高い仕事ができる。アイドル仕事の醍醐味は、自由な発想と演出ができる楽しさなんです。まあ、歌唱力の低さが気になるアイドルも時にはいるけど、そこは愛情で乗り切れます(笑)」

 もちろんその愛情が、歌手に対してだけでなく、リスナーも含めて作品をとりまくすべてに対する愛情であることは言うまでもないだろう。

 


PROFILE: 萩田光雄(はぎた・みつお)
作編曲家、音楽プロデューサー。1946年生まれ。慶應大学クラシカルギタークラブに在籍。ヤマハ音楽振興会作編曲コースで林雅彦氏に師事、同社録音スタジオ勤務の後、作編曲家を目指す。1973年、高木麻早“ひとりぼっちの部屋”の編曲でデビュー。その後、1975年にFNS歌謡祭最優秀編曲賞、1975年、1976年、2013年に日本レコード大賞・編曲賞を受賞などポピュラー音楽界第一線の編曲家として活躍。ポップス、映画、アニメなど作曲作品も多数。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、JASRAC編曲審査委員会委員長。

関連アーティスト