米LAを拠点とするシンガー・ソングライター、ササミ。近年、欧米のインディー・シーンではミツキやジャパニーズ・ブレックファストなど、アジア系のアーティストの活躍が目覚ましいが、ササミも韓国にルーツを持つアジア系アーティストの一人だ。彼女は2019年にスネイル・メイルのサポート・アクトを務めたほか、昨年にはジャパニーズ・ブレックファストと北米ツアーを回っており、今後さらなる飛躍が期待されている。

SASAMI 『Squeeze』 Domino/BEAT(2022)

 そんなササミがセカンド・アルバム『Squeeze』をリリースした。セルフ・プロデュースで制作され、タイ・セガールを筆頭にメガデスのダーク・バーベレンやハンド・ハビッツのメグ・ダフィーなど、多彩な面々が参加。一聴してすぐにわかるのは、ファースト・アルバム『Sasami』(2019年)と比べて聴き心地が著しく変化していることだ。

 前作『Sasami』のサウンドはおおむね〈フォーキーな曲調 × エモ要素を含んだインディー・ロック的アレンジ〉という組み合わせから成っており、収録曲それぞれの個性は立っているものの、全体の手触りには統一感があった。それに対して新作におけるササミは、ハードコア・パンクやメタル、インダストリアルなどを呑み込んだ攻撃的な音塊をぶちまけたかと思うと、突然前作の頃の表情に戻って叙情的なフォーク・ロックを演奏しはじめる。その起伏の激しさは分裂的と言っていいほどであり、聴いているとすっかり翻弄されてしまう。

 曲ごとにめまぐるしく変化する本作のサウンドは、歌詞の内容や歌唱法とも密接に結びついている。例えばメタル色の強いオープニング・ナンバー“Skin A Rat”において、ササミは〈とんでもなくぶっ壊れた経済 アイデンティティーの崩壊〉と叫ぶ。かと思えば、インダストリアル調の“Say It”ではエフェクトのかかった声で〈ただ言ってくれればいい どれほどやりたいか〉と気怠げに吐露してみせ、インディー・フォーク的な“Call Me Home”になると、今度は飾り気のない声音で〈知っていてほしい いつだって私を帰る場所だと思えばいいってことを〉と穏やかに語りかける。

 このように今作においては、サウンドと言葉とパフォーマンスが手を携えながらいくつもの表情を見せ、聴き手をひとつの認識に安住させない。そのありようは、ジャケットのモチーフである〈濡女〉と対応しているようにも感じられる。〈濡女〉とは頭部が女性で胴体が蛇という姿をした日本の妖怪で、獰猛さや慈悲深さといった矛盾する要素を併せ持つ多面的な存在だという。実際にジャケットのみならず、アルバムそのものが〈濡女〉からインスピレーションを得て作られたようである。

 そこで〈濡女〉というフィルターを通して改めて聴いてみると、今作は異なる様相を帯びはじめる。一見バラバラでとりとめのない曲たちが、まさにそのことによって人間の多面性をこのうえなく的確に表現しているように思えてくるのだ。別の見方をすればこの『Squeeze』は、一筋縄でいかない人間の複雑さを〈濡女〉に託して表現した、コンセプチュアルな作品だというふうにも言えるかもしれない。

 そんな一枚は、楽曲が生まれる瞬間を繊細に描いたナンバー“Not A Love Song”で大団円を迎える。室内楽風の弦の響きとディストーションの効いたギターの音が調和したそのサウンドは、残忍さや労わりの気持ち、諦念、怒りなど、それまでの楽曲に出てきたさまざまな要素を包摂するかのように響く。これは形式こそ〈ラヴソング〉ではないかもしれないが、しかしより広い意味ですべてを包み込む〈愛の歌〉であるように感じられる。この優しい曲を聴き終える頃、すなわちアルバム『Squeeze』を聴き終える頃には、きっと自分を含めたあらゆる人間の中に眠る厄介な多面性を肯定してみたくなることだろう。

 


PROFILE: ササミ
90年生まれ、LA出身のシンガー・ソングライター。イーストマン音楽学校を卒業した後、CM音楽の制作や音楽教師として働きながら自身の楽曲を作りはじめる。2015年にチェリー・グレイザーに鍵盤奏者として加入し、2017年のアルバム『Apocalipstick』やツアーにも参加。2018年1月にバンド脱退を発表し、4月にSoundCloudで公開した初のソロ音源“Callous”がインディー系メディアで高く評価される。その後ドミノと契約して、2019年にファースト・アルバム『Sasami』をリリース。ヴァガボンやカーティス・ハーディングとのコラボなどでも話題を集めるなか、“The Greatest”などの先行カットを経て、このたびセカンド・アルバム『Squeeze』(Domino/BEAT)をリリースしたばかり。