プッシー・ガロア、ボス・ホッグ、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンなど多くのバンドで伝説を残してきたガレージロック~ブルースロックのカリスマ、ジョン・スペンサー。先月には「ブルース・エクスプロージョンはもう終わった」と発言したことでも話題を集めていた彼が、新たなバンド、ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズを始動させた。

同バンドが、この度ファーストアルバム『Spencer Gets It Lit』を完成。尖った音楽性を持ったこのアルバムは、スペンサーの飽くなきロックへの情熱を聴き手に再確認させる作品と言えるだろう。今回は、音楽ライターの山口智男が、『Spencer Gets It Lit』を解説した。 *Mikiki編集部

JON SPENCER & THE HITMAKERS 『Spencer Gets It Lit』 In The Red/ソニー(2022)

ソロ作から生まれたプリミティブでジャンクなロックンロールバンド

ジョン・スペンサー初のソロアルバム『Spencer Sings The Hits』として始まったプロジェクトがその後、同作のレコーディングメンバーとのリリースツアーを経て、ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズなるバンドに発展して、新たなキャリアのスタートに繋がっていったのだから、人生何が起こるかわからない。

『Spencer Sings The Hits』を作ったときの手応えがあったうえで、ライブを重ねるごとに〈時間を掛けて追求してみたい〉とスペンサーに確信させるほどのプロジェクトになっていった、ということだと思うのだが、プッシー・ガロアのメンバーとしてデビューしてから30余年、常にバンドの一員として活動してきたスペンサーは、やはり根っからのバンドマンなのだろう。

ジョン・スペンサーの2018年作『Spencer Sings The Hits』収録曲“I Got The Hits”
 

ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプローションは活動が止まっていたし、ボス・ホッグも、ヘヴィ・トラッシュもすぐには動けない状況だったため、その後、『Spencer Sings The Hits』となる曲の数々を、スペンサーは1人で書かなければいけなかったのだが、それらをレコーディングするにあたっては、複数のミュージシャンとのセッションといういかにもソロアルバムらしいやり方ではなく、固定のバンドで臨んでいる。

そのとき、スペンサーが招集したのが、以前からその独特なキーボードサウンドのファンだったというオレゴン州ポートランドのインディーロックバンド、クワージのサム・クームズ(シンセサイザー/ボーカル)とミシガンのベントンハーバーにあるスペンサーお気に入りのスタジオ、キー・クラブのアシスタントエンジニア、M・ソード(ドラムス)の2人だった。

マルチプレイヤーのクームズをギターでも、ベースでもなく、シンセ奏者として迎えたところに同じトリオでもブルース・エクスプロージョンとは明らかに違う音を求めたことが窺えるが、『Spencer Sings The Hits』を作るとき、自分が書いた曲に〈プッシー・ガロア感〉を見出したスペンサーは、シンセサイザーに加え、プッシー・ガロアのユニークさ特徴づけていたメタルパーカッションを使って、今一度、プリミティブなロックンロールとジャンクサウンドの融合を目指したという。

 

求めたのはメタルパーカッションのサウンド

しかし、ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズが完成させた今回の新作『Spencer Gets It Lit』を聴いたいま、その試みは『Spencer Sings The Hits』においては中途半端のまま終わってしまったという印象が否めない。むしろ『Spencer Sings The Hits』はウィルソン・ピケットを思わせる“Overload”やキングスメンを思わせる“Wilderness”をはじめ、60年代のガレージバンドやそれらが影響を受けたR&Bに対するスペンサーなりのオマージュが溢れたダンスロックンロール作品として楽しむべきなのだと思う。

まだまだ足りないものがある、とスペンサーも感じていたことは、『Spencer Sings The Hits』のリリースツアーにメタルパーカッション奏者として、プッシー・ガロア時代のバンドメイトで、それ以前はソニック・ユースで叩いていたボブ・バートを迎えたことからも想像できる。

『Spencer Sings The Hits』のレコーディングではスペンサー自らが叩いたメタルパーカッションは、音源ではまだまだ控えめだったが、ライブでバートが思いきり鳴らしたことで、スペンサーのなかで求めるサウンドがさらに具体化したのだろう。また、ツアーを通して、クームズとソードの参加意識もより積極的なものに変化していったに違いない。