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 中心にあるのはさきにあげた96年の「Helpless」にはじまり2001年の「EUREKA」、6年後の「サッド ヴァケイション」とつづく北九州サーガなる呼び名をもつ物語(群)である。光石研、浅野忠信、宮﨑あおいらが継続的に登場するこれらの物語は相互に嵌入し合うが、遠心的な因果関係をとることでその背後に北九州という場を仲立ちとする神話的な物語体系がたちあがる。いうまでもなくここには敬愛する中上健次やフォークナーの換喩的かつ象徴的な語りの応用があるが、青山は――というより〈映画は〉というべきだろうか――役者の身体をとおして現実の10年の懸隔をスクリーンに投影することで虚構の時制に粘着性をも加味するのである。リアリティとも唯物性ともいいかえられる健次や梢の変わりようや、秋彦や安男(?)の逆説的な変わらなさにはなにかしら眩暈をおぼえる反面、そのような溯行的な、いわば批評的な仮構にもゆるがない骨格のつよさがこれら三部作には存在するのがわかる。

 その点でこれらはすでに古典的の域にある。なかでも「EUREKA」。多くのものが青山真治の代表作にあげるにちがいない本作はバスの運転手の沢井、直樹と梢ふたりの兄妹をみまった事件と、そこからの離脱と恢復の過程を描くが、そのように要約してことたりる単純な物語構造がしかし圧倒的に持続する点に私は古典の力感をみる。たむらまさき(田村正毅)のひきしまった構図と奥深いモノクロームの階調による撮影、そこに映る人物の表情と動き、九州弁の訛りの音調、抑制的な音楽の使用と立体的な音響設計など、アンサンブルに働く緊密な力学はやはり映画史において特記すべきであろう。もっとも監督自身は「EUREKA」ばかりとりざたされる状況を煙たがっていたふしもあったが、映画、文学、音楽、演劇を横断し旺盛に活動する作家にあってそれは当然のことかもしれない。

 行きつ戻りつ思考し反問する「日記」に目を落としてその思いをあらたにする。冒頭にも掲げた「日記」は大患を経て好物の酒を断つまでの日々の記録だが、映画と音楽と読書と食(が意外と多い)と思索の日々の、どこまでも自身を客観視する文体には青山真治の「病牀六尺」といいたくなるあっけらかんとした佇まいがある。そのなかに自身の死生観を述べた以下のような一節もある。

 「死生観とよく聞くが、それは『忍者武芸帳』の末尾がすべてで、そりゃ死ぬのは怖いだろうけどそれ以上考えても仕方のないことだとしか思ってこなかった。作家の死生観が出ていると評されたものは映画でも小説でも音楽でも大抵つまらない。それが崇高な思想だなんて一度も感じたことないしその感覚はこれからも変わらない気がする」

 この述懐をふまえて青山真治のフィルモグラフィを眺めれば、活劇、文芸、恋愛はあっても死生観につけいる隙はない。たとえ暴力や恐怖や性のにおいがつよく漂う作品でも軸足はあくまで生の側にある。生はまた、三部作の掉尾を飾った「サッド ヴァケイション」以降、ジェンダーを射程に入れるなかで、最後から2番目の2013年の「共喰い」において再/生の物語に変容するともに、昭和と平成の汽水域に据えた自身の原点に回帰して円環を閉じた、いやむしろ空撮に挑むかのように螺旋状の軌道を描いて上昇しはじめた。死生観と無縁の映画作家にはそのようなヴィジョンがふさわしい。そのさきにはおそらくまだみぬ眺望が開けていたはずなのだ。賭金となる時間を奪われたのは無念というほかないが、のこされた作品の数々は映画なる形式のうえに安定などなにもないのだといいたげに、これからもなまなましく拮抗しつづけるであろう。

 


PROFILE: 青山真治(Shinji Aoyama)
1964年、福岡県北九州市出身。1995年、Vシネマ「教科書にないッ!」で監督デビュー。1996年、「Helpless」で長編映画デビュー。2000年の監督作品「EUREKA ユリイカ」で第53回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にて国際批評家連盟賞とエキュメニック賞をW受賞。更に〈ルイス・ブニュエル黄金時代賞〉を獲得し、名実ともに世界にその名を知られるようになる。「こおろぎ」「サッド ヴァケイション」など多数の作品を監督・脚本を手がける一方、自作のノベライズ小説「EUREKA」で第14回三島由紀夫賞を受賞するなど小説家としても活動。2011年の「東京公園」では第64回ロカルノ国際映画祭にて、金豹賞(グランプリ)審査員特別賞を受賞。「グレンギャリー・グレン・ロス」をはじめ、数々の舞台演出に挑戦。2013年には「共喰い」で、第66回ロカルノ国際映画祭にて、ボッカリーノ賞最優秀監督賞を受賞、第68回毎日映画コンクールで脚本賞と撮影賞も受賞。2018年には、大学の教職を辞して、再び映画業界に戻ってきた。2020年、テレビドラマドラマ「金魚姫」の演出、映画「空に住む」の監督を務める。2022年3月21日、頸部食道がんのため57歳で逝去。

 


寄稿者プロフィール
松村正人(Masato Matsumura)

1972年、奄美生まれ。編集者、批評家。雑誌「Studio Voice」「Tokion」の編集長をつとめ、2009年に独立。著書に「前衛音楽入門」(ele-king books)。編著に「捧げる 灰野敬二の世界」「山口冨士夫 天国のひまつぶし」、監修書に「90年代ディスクガイド~邦楽編」など。所属するバンド〈湯浅湾〉の2年ごしのツアー千秋楽が5月7日に開催。

 


LIVE INFORMATION
boid presents 初夏の脈楽
湯浅湾『脈』『港』アナログ発売2周年記念ライブ

2022年5月7日(土)東京・代官山 晴れたら空に豆まいて
開場/開演:17:30/18:30
出演:湯浅湾/Phew
http://haremame.com/reserve/