Photo by Zhong Lin

ニューアルバム『BADモード』のリリースとともに始まった宇多田ヒカルの2022年。それに続くトピックは、なんと米カリフォルニアで開催される世界最大級のフェス〈コーチェラ〉への出演だった。日本時間の4月16日、翌日にメインステージで披露される88risingの〈Heads In The Clouds Forever〉に出演することを突如発表したのだ。YouTubeでの配信で視聴した日本のオーディエンスも多く、その堂々たるパフォーマンスは大きな話題を呼んだが、さまざまな要素が絡まり合ったステージは〈日本やアジアのポップミュージックと世界〉についての思考を促す側面もあった。そんな〈コーチェラの宇多田ヒカル〉について、ビート&アンビエントプロデューサー/プレイリスターとしても活躍するTOMCが論じた。 *Mikiki編集部


 

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〈アジア系アーティストによるR&B〉の出発点のひとつとしての宇多田ヒカル

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2年連続で中止となっていた世界最大級の野外音楽イベント、〈コーチェラ・フェスティバル〉が3年ぶりに開催された。近年の日本人アクトではX JAPAN(2018年)やPerfume(2019年)、そして本年はきゃりーぱみゅぱみゅも出演している本イベント。その中でも、今回の宇多田ヒカルがとりわけ注目を集めたのは、東京スカパラダイスオーケストラ(2013年)以来となるメインステージでの登場のみならず、アジアを代表するR&B/ヒップホップコレクティブ、88risingの一員としての参加――という点が大きい。

ジョージの2019年のライブ動画

2018年にアジア人初(そして日本人初)のビルボードR&Bアルバムチャート1位を記録したジョージ(Joji)をはじめ、R&B/ヒップホップ(≒現行ポップミュージックシーンの中核)の世界市場にアジア系アーティストが進出する上で2010年代以降、非常に大きな役割を果たしてきた88rising。そんな同コレクティブの公式Twitterは、宇多田の出演について〈青春のサウンドトラック(The soundtrack to our youth)がコーチェラのメインステージに響く〉と投稿。ここ日本でも大きな話題を呼んだ。

というのも、宇多田は『First Love』(99年)が台湾で40万枚を超えるセールスを記録するなど、デビュー以来、アジア諸国でも多くのリスナーを獲得してきた歴史を持つ。現在の88risingの中核を担う90~2000年代に生まれた世代にしてみれば〈アジア系アーティストによるR&B〉の先駆的存在であるのみならず、まさに幼少期〜10代の〈青春〉をともに過ごした音楽であろうことは想像に難くない。

実際、“First Love”“Automatic”を含んだセットリストは、88risingサイドによる宇多田への想いも色濃く反映されたものだろう。現代に至る〈アジア系アーティストによるR&B〉史の出発点のひとつこそが宇多田であり、〈コーチェラ〉というショービズ界の世界最高峰にて、その名は〈世界から見たアジア系アーティスト〉史上の重要な1ピースとして刻まれることとなった。今回、多数の海外メディアが宇多田を〈J-Popの象徴(icon)〉あるいは〈伝説(legend)〉として紹介していることも鑑みれば、この出演は20~30年後に振り返ったとき、間違いなく今よりも数段大きな意味を持つことになるだろう。

99年作『First Love』収録曲“First Love”“Automatic”