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Photo by Zhong Lin

〈アジア圏/英語圏から見た宇多田ヒカル〉と〈素〉が交錯したステージ

ちなみに、英語詞で披露された2曲はいずれも世界的に人気を集めるロールプレイングゲーム「キングダム ハーツ」シリーズ(スクウェア・エニックス)のタイアップ楽曲である。そのうち、過去最高レベルのクリエイティビティーを湛えた新作『BADモード』収録曲でもある“Face My Fears”は、プロデューサーのスクリレックス主導と思われるボーカルチョップやリズムアレンジの主張が強い楽曲であり、決してアルバム全体の作風を代表する楽曲ではない。

2022年作『BADモード』収録曲 宇多田ヒカル&スクリレックス“Face My Fears (English Version)”

言い換えると今回のステージでは、前述の88risingのくだりも含め、あくまで〈アジア圏/英語圏から見た宇多田ヒカル〉を完璧に演じたものだった――と言えなくもない。とはいえ、現代の海外ライブシーンでは一般化しているリップシンク(≒口パク)や主旋律の〈被せ〉(元のボーカル音源を音量を絞って鳴らすこと)を全く用いず、英語のMCで「スマホの光で空を灯そう」「すごく楽しい!  みんなはどう?」と呼びかけては間髪入れずに日本語を歌い出す――そうした〈素〉が垣間見える姿勢と鮮やかな多言語の往来が交錯するステージは、ロンドンに生きる自身の心もようが投影された〈バイリンガルアルバム〉『BADモード』にも確実に通ずるものがある。

なお、宇多田は自身のライブ後、コレクティブが一堂に会した時間帯にも歌唱。その楽曲“T”はステージ終了からまもなく、88rising名義のEP『Head In The Clouds Forever』の一曲として発表された。4人のプロデューサー、ならびに総勢9名のソングライター(宇多田自身を含む)が関与しながらも『BADモード』からの確かな連続性を感じさせる静謐なバラード調の楽曲であり、宇多田の目指す方向性に迷いやブレがないことを伺わせる仕上がりだ。

88risingの2022年のEP『Head In The Clouds Forever』収録曲88rising、宇多田ヒカル&ウォーレン・ヒュー“T”

 

Photo by Zhong Lin

日本のポップミュージックは世界にどう受容されるのか?

今回の〈コーチェラ Week 1〉の3日間を観ていて感じたのは、今後〈日本のポップミュージック〉が真に世界に向けて開かれた存在となっていく上で、現代はまさに分水嶺の時期にあるということだ。3日目のトリをスウェディッシュ・ハウス・マフィアとともに務めたザ・ウィークエンドは、亜蘭知子によるシティポップの名曲“Midnight Pretenders”(83年)をサンプリングした“Out Of Time”を歌唱。過去に宇多田からの影響も語っているリナ・サワヤマは、自身の代表曲“Cherry”(2018年)のイントロで竹内まりや“プラスティック・ラブ”(84年)を彷彿させるアレンジを導入。宇多田と同じ88risingのステージに立ったリッチ・ブライアンは、TERIYAKI BOYZ“Tokyo Drift”(2006年)のビートを用いた“Tokyo Drift Freestyle”を披露。そして、〈Gobi Stage〉にてきゃりーぱみゅぱみゅは、ビリー・アイリッシュの裏で堂々のトリを務めた。このように、日本にまつわるトピックは想像以上に多かったと言える。

上記の状況を〈ほとんどがアーカイブ的な参照ばかり(=現代の「日本のポップミュージック」は別段注目されていない)〉と取るか、〈ようやく機は熟した〉と感じるかは人それぞれかと思うが、個人的には後者の側に立ちたい。私は必ずしも英語圏のカルチャー史に準えられることが至上だとは思わない立場だが、少なくとも長年〈ガラパゴス〉的存在だと内外から目されていた日本のコンテンツがここ10年弱、徐々に日の目を見はじめ、今や世界のショービズ界の中心でごく自然に取り入れられるまでに至っている。この先、〈日本のポップミュージック〉はどのように世界に受容されていくのか? そして、海外から〈J-Popの象徴〉〈伝説〉と称され、新作『BADモード』ではグローバルに接続するハイレベルなサウンドを打ち出した宇多田ヒカルは、どのような作品を生み出していくのか? つい未来を描かずにはいられないほど、あの日のステージが私たちに投げかけたものは大きい。

 


SETLIST
1. Simple And Clean
2. First Love
3. Face My Fears (English Version)
4. Automatic
5. T

 


RELEASE INFORMATION

88rising 『Head In The Clouds Forever』 88rising/Warner(2022)

配信リンク:https://88rising.lnk.to/T-HITCF

TRACKLIST
1. 88rising & BIBI “Best Lover”
2. 88rising, BIBI & Rich Brian feat. Warren Hue “froyo”
3. 88rising, Hikaru Utada & Warren Hue “T”

 

宇多田ヒカル 『BADモード』 エピック(2022)

■デジタル
リリース日:2022年1月19日
配信リンク:https://erj.lnk.to/U36YCj 

■初回生産限定盤(CD+DVD+BD)
リリース日:2022年2月23日
価格:6,800円(税込)

■通常盤(CD)
リリース日:2022年2月23日
価格:3,300円(税込)

TRACKLIST
初回生産限定盤
CD
1. BADモード
2. 君に夢中 (TBS系金曜ドラマ「最愛」主題歌)
3. One Last Kiss(映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」テーマソング)
4. PINK BLOOD(アニメ「不滅のあなたへ」主題歌)
5. Time(日本テレビ系日曜ドラマ「美食探偵 明智五郎」主題歌)
6. 気分じゃないの(Not In The Mood)
7. 誰にも言わない(「サントリー天然水」CMソング)
8. Find Love(「brand SHISEIDO」グローバル・キャンペーン「POWER IS YOU」キャンペーン・ソング)
9. 宇多田ヒカル & Skrillex “Face My Fears (Japanese Version)”(ゲームソフト「KINGDOM HEARTS III」オープニングテーマソング)
10. Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー

Bonus Tracks
11. Beautiful World (Da Capo Version) 映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」テーマソング
12. キレイな人(Find Love)
13. Hikaru Utada & Skrillex “Face My Fears (English Version)” ‘KINGDOM HEARTS III’ Opening Theme Song
14. Face My Fears (A.G. Cook Remix)

DVD/BD
Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios
1. BADモード
2. One Last Kiss
3. 君に夢中
4. 誰にも言わない
5. Find Love
6. Time
7. PINK BLOOD
8. Face My Fears (English Version)
9. Hotel Lobby
10. Beautiful World (Da Capo Version)
11. About Me
12. Face My Fears (Japanese Version) [Bonus Track]

Behind The Scene “Live Sessions from Air Studios”

Music Videos
1. Time
2. One Last Kiss
3. PINK BLOOD
4. 君に夢中
5. BADモード

通常盤
CD
初回生産限定盤と同内容