©Terence Angsioco

オーガニックでレイドバックしたメロウ・グルーヴの世界――問答無用の天才マルチ奏者が豪華なゲスト陣も交えて自由に作り上げた待望のニュー・アルバムに迫る!

 「僕は完璧主義者で、それを直すのは難しいんだ。でも、今回はそれを振り払って、音楽に身を任せてみたら、完全に自由になれた気がしたんだよ」。

 このたび完成したセカンド・アルバム『V I N C E N T』についてそう語るのは、FKJことヴィンセント・フェントン。フランス人のプロデューサー、シンガーそしてマルチ演奏家で、もともとパリのロッシュ・ミュージックを拠点に『Time For A Change』(2013年)や『Take Off』(2014年)などのEPを発表してきた彼は、ニュー・ディスコ系のフロア・トラックからソウルフルなダウンテンポまで作風の幅を広げ、初のフル・アルバム『French Kiwi Juice』(2017年)以降はそのメロウなマナーで大きな脚光を浴びた。日本でも人気は高く、2016年の初来日から2019年の〈SUMMER SONIC〉に至るまでの来日公演を目撃したという人も多いだろう。近年はウユニ塩湖でのパフォーマンス映像が話題となったり、トム・ミッシュと2016年に録音した“Losing My Way”が12インチ化されたり、あるいはモーゼス・サムニーの楽曲プロデュース、リトル・ドラゴンやピンクパンサレスらのリミックスでも手腕を発揮していたFKJではあったが、今回の『V I N C E N T』は、まとまった楽曲集としてはEP『Ylang Ylang』(2019年)以来の待望作となる。

FKJ 『V I N C E N T』 FKJ/BEAT(2022)

 ファーストネームを冠した表題も意味ありげな今作のコンセプトは、2020年以前にLAを一人旅した際に〈10代の頃の自由さを引き出したい〉と感じたところから生まれたそうだ。ロックダウン期間に入る前にフィリピンの自宅スタジオに戻った彼は、Wi-fiのない環境でレコーディングに没頭したのだという。先述の『Ylang Ylang』もジャングルの中で夜間に発電機を使用して録音されたという触れ込みだったが、今回も現実社会から隔絶された環境に身を置き、己の表現を突き詰めたのであろうことは想像に難くない。

 そんなアルバムはしめやかなピアノが軽やかに転がるジャジーな“Way Out”で穏やかに幕を開ける。それに続く“Greener”は作中における目玉のひとつで、芯のあるタイトなビートとソフトな歌声に絡みつく哀愁のギターはなんとカルロス・サンタナが演奏している。

 「小さい頃、まだSpotifyなんかない時代にラジオをかけて、サンタナの曲“Smooth”(99年)が流れてくるのを待っては録音していたことを伝えたんだ。サンタナはまるで楽器が自分の言葉を持っているかのように演奏していて、それが僕に語りかけてくるようだった。僕のトラックで演奏してもいいと言ってくれるなんて、思いもしなかったよ」。

 そんな少年時代の憧れを素直に楽曲へと結実させる一方、愛妻ジューンに捧げたという芳しいムードのジャズ・トラック“Us”や、ローファイ・ヒップホップ調の優美な“IHM”などなど、アトモスフェリックにレイドバックした収録曲の多くは明確にメロディアスでロマンティックな聴き心地を備えている。リミックスした縁からかリトル・ドラゴンのユキミ・ナガノが歌うドリーミーな“Can’t Stop”、たびたび手合わせしてきた((( O )))ことジューン・マリージーとの繊細な“Brass Necklace”、さらにはトロ・イ・モワをフィーチャーしたダビーなヴォーカル・トラック“A Moment Of Mystery”というコラボの充実ぶりも今作の自由さを特徴づける大きなポイントのひとつだろう。

 他にも初期のダンス作法を想起させるマイルドなアプローチの“Let’s Live”、トライバルな響きのグルーヴが絶頂に達する寸前で終わるような“New Life”などのオーガニックな逸曲が並び、ラストは主役の掲げる作品全体のテーマを集約したような“Stay A Child”で穏やかに幕を下ろす。シンプルな心地良さにそのまま浸ることもできるし、散りばめられたアイデアの断片に耳を傾けながら味わうこともできる、そんなFKJらしさが存分に提示された新たなる傑作の誕生だ。

 

『V I N C E N T』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、サンタナの2021年作『Blessings And Miracles』(BMG)、リトル・ドラゴンの2020年作『New Me, Same Us』(Ninja Tune)、トロ・イ・モワの2022年作『Mahal』(Dead Oceans)

 

左から、FKJの2017年のアルバム『French Kiwi Juice』(Roche Musique)、FKJの2019年のEP『Ylang Ylang』(FKJ)、FKJが参加したマセゴの2018年作『Lady, Lady』(EQT)、モーゼス・サムニーの2020年作『græ』(Jagjaguwar)