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キング・オブ・ロックンロールの音楽ルーツに斬り込んだ、スリル満点の音楽映画

 42歳の若さで早世したエルヴィス・プレスリー。その怪死の真相を探るとでもいった触れ込みに当初は若干引き気味になっていた。映画の序盤でもトム・ハンクス演じるトム・パーカーがエルヴィスの死に関して独白するシーンがあり、それを軸にしたサスペンス系のドラマかと思わせるようなところもある。パーカー大佐と呼ばれたトム・パーカーは、メンフィスのサン・レコードに所属していたエルヴィスをRCAと契約させて大スターに導いた敏腕かつ強欲なマネージャー。確かにストーリーは彼の目線でも語られる。が、名匠バズ・ラーマンが監督したこの「エルヴィス」は、パーカー大佐との二人三脚および齟齬を描いた人間ドラマでありつつ、エルヴィスの音楽ルーツに斬り込んだ深みのある音楽映画だった。

 カントリー音楽の名物公開ライヴ番組「ルイジアナ・ヘイライド」に出演して型破りなパフォーマンスで衆目を集めたエルヴィス。グレイスランドとして知られる邸宅(敷地)の購入、絶好調から兵役を経ての不調、晩年まで続くラスヴェガスでのショーといった主要トピックは、大佐や父ヴァーノン、プリシラ夫人らとの愛憎も交えながらひと通り描かれている。エルヴィス役に抜擢されたのはオースティン・バトラー。オールバックの髪型で危険な雰囲気を漂わせる初期から、白のジャンプスーツと太いもみあげがトレードマークとなった後期まで、エルヴィスが憑依したかのような熱演に惚れ惚れする。

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 しかし肝となるのは、キング・オブ・ロックンロールと呼ばれたエルヴィスの音楽的背景。リズム&ブルースやゴスペルといった黒人音楽との出会いだ。ミシシッピ州に生まれテネシー州メンフィスで思春期を過ごした南部の白人であるエルヴィスが、どのように黒人音楽に目覚め、黒人ミュージシャンたちに励まされながら、あの野生的なパフォーマンスや爆発的な歌唱スタイルを体得したかが克明に描かれている。大人や保守派が「卑猥だ」と眉を顰める一方で女性ファンが歓喜の声を上げた、腰をくねらせて歌うエルヴィス独特の挑発的なスタイルは間違いなくリズム&ブルースにヒントを得ていた。カヴァーした曲も多い。アーサー“ビッグ・ボーイ”クルーダップ、ビッグ・ママ・ソーントン、シスター・ロゼッタ・サープ、B.B.キング、リトル・リチャード、そしてラスヴェガスのコンサートでコーラスを務めたスウィート・インスピレーションズなど、彼らから受けた刺激がエルヴィスの音楽的原動力であり続けたことが示されるのだ。そんなエルヴィスの黒人音楽への接近は、白人ミュージシャンによる盗用だとも言われてきたが、本作はそうした見解に対してのアンサーにもなっている。公民権運動に尽力したケネディ大統領やキング牧師暗殺のニュースを見て心を痛めるシーンが挿入されているのも、黒人音楽を意識したエルヴィスの曲やパフォーマンスが文化的搾取とは一線を画していたことを強調するためなのかもしれない。

 サウンドトラックおよび劇中使用曲からも気配りが感じられる。先行発表されたドージャ・キャットの“ヴェガス”でも、エルヴィス版ではなくビッグ・ママ・ソーントン版の“ハウンド・ドック”を引用し、オリジナルの歌い手に敬意を表している。これを含め映画のために作られた新曲のいくつかは、過去の名曲を現代風に再創造したリイマジンド的なものになっている。街のシーンでは50年代にはなかったラップが流れるが、それによって70年近く前の出来事が身近に感じられるのも面白い。

 来日公演が叶わなかったエルヴィス。それもパーカー大佐の一存だったのだろうか。そんな大佐の独善的な戦略に巻き込まれて身も心も疲弊したとされるが、世界から多くの愛を受けたエルヴィスは幸せだったのではないかと、約2時間40分のドラマを見終えた後、清々しい気持ちにもなった。ディープかつ明快に描かれたエルヴィスの人生。音楽系バイオピックにまたひとつ名作が加わった。

 


FILM INFORMATION
映画「エルヴィス」

監督:バズ・ラーマン「ムーラン・ルージュ」
出演:オースティン・バトラー「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」/トム・ハンクス「フォレスト・ガンプ/一期一会」/オリヴィア・デヨング「ヴィジット」
配給:ワーナー・ブラザース映画
(2022年|アメリカ|159分)
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映画公式HP:elvis-movie.jp
映画公式TikTok:@elvismoviejp
#エルヴィス

2022年7月1日(金)全国公開