©2022 Pop. 87 Productions LLC

ウェス・アンダーソンの集大成にして原点回帰な最新作「アステロイド・シティ」

 シャーベットカラーで彩られた左右対称のセットをバックに、真正面を向いた俳優がデッドパンで人形のような動きをする。キャプションはイエロー、BGMはバロック風だ。

 ウェス・アンダーソンほど唯一無二のスタイルを持つ現役映画作家は存在しないだろう。しかしあまりに独特なため真似もされやすい。現在インターネット上には、冒頭に書いた特徴をなぞりながら名所旧跡を撮った〈ウェス・アンダーソン・チャレンジ〉動画や、AIに作らせたウェス・アンダーソン風フェイク予告編が溢れかえっている。参加者の中にはパリのリッツホテルのようなガチ勢がいる一方で、アンダーソンの名前すら知らないだろう若者も相当数いる。安易に消費されないためにセンスを磨き続けてきたはずのアンダーソンが消費されかかる時代がやって来たのだ。

 こうした危機に直面したら、並みの監督なら〈俺のスタイルはそんなものじゃない〉と反発したくなるはず。しかしアンダーソンが最新作「アステロイド・シティ」で行ったのは、これまでのスタイルを更に突きつめることだった。しかも誰も真似出来ないレベルで。

 本作の撮影はスペインで行われているものの、モーテルやガソリンスタンドといった建造物はもちろん、岩山や砂漠まですべて人造物だ。これまでも活用されてきたビデオコンテによる俳優のアクション指定はミリ秒単位で定められ、コマ落としのようにすら見える。そしてこうしたものを粒子の荒いフィルムで撮影したことで、映像にはリッチでノスタルジックなトーンが付与されている。こんな手のかかる映画、アンダーソンしか作らないし、作れない。

 しかも「アステロイド・シティ」において、アンダーソンの美学は“映画”の外側にまで及んでいる。本作のメインプロットは、1955年のアメリカ南西部の架空の街に突然襲来した宇宙人に対処する人々を描いたものだが、実はそれはテレビで放映されたスペシャル・ドラマの一部に過ぎない。この番組では原作執筆や俳優選びといった舞台裏までもドラマとして語られるのだから。普通ならこの“映画の外側”パートは異なる演出スタイルで描かれるところだが、アンダーソンはそこでもいつものスタイルを貫き通してみせる。その結果、本作は中身を次々開けていっても同じようにアンダーソンのセンスが漲ったロシアンドールのような映画となった。その徹底ぶりにおいて将来、間違いなく彼の集大成的な作品として位置付けられるはずだ。

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 同時に「アステロイド・シティ」では原点回帰も行われている。舞台がアメリカ南西部なのは、地元テキサスで撮った監督デビュー作「アンソニーのハッピー・モーテル」以来。同作のギャング役にジェームズ・カーンを迎えていたことでも分かる通り、元々アンダーソンは70年代アメリカン・ニューシネマに大きな影響を受けた作家だった。その後、それ以前の映画の影響が強くなっていったのも、ニューシネマのリファレンス源を探っていった結果ゆえである。ところが本作のスペシャル・ドラマのパートは、明らかにスティーブン・スピルバーグの1977年作「未知との遭遇」を踏まえたものなのだ。

 もっとも今作のオマージュにはキャリアを積んだ作家ならではのツイストがある。「未知との遭遇」は「地球の静止する日」や「遊星よりの物体X」といった50年代B級SF映画を最先端の映像技術でバージョンアップした作品だったが、本作の特撮はまんま50年代B級SF風。しかし演じる俳優たちは皆、同時代の演劇界を席巻したメソッド・アクター揃いという設定なのだ。つまり本作は、50年代B級SFを50年代のA級俳優によって演技面をバージョン・アップしたらどうなるかというシミュレーションが施されていることになる。

ウェス・アンダーソン

 ジェフリー・ライトやエドワード・ノートン、ウィレム・デフォーといった常連俳優や、今回初参戦となったトム・ハンクス、スカーレット・ヨハンセン、スティーヴ・カレル、マーゴット・ロビーいった錚々たるスター俳優を差しおいて、主人公オーギー(そして彼を演じる俳優ジョーンズ)を、監督第二作「天才マックスの世界」以来の主演となるジェイソン・シュワルツマンが務めていることにも注目したい。彼扮するジョーンズが、オーギーになりきって「アステロイド・シティ」のオーディションを受けるシーンは、制服を着て高校生になりきったままオーディション会場に現れた「天才マックス」の伝説のオーディションの再現である。時折見せる感情を露わにした演技は、近年のアンダーソン作品には見られなかったエモさがある。

 こんな映画を撮ってしまったら、この先どうすればいいのだろうか。海底やインド、東欧を巡る旅の果てにアンダーソンが辿り着いた「アステロイド・シティ」を観ると、そんな心配をせざるをえない。でもしばらくは、砂漠の中に造られたこの人工の街のダイナーでドリンクを啜っていたい。今はそんな気持ちだ。

 

 


MOVIE INFORMATION
映画「アステロイド・シティ」

監督・脚本:ウェス・アンダーソン(「グランド・ブダペスト・ホテル」「犬ヶ島」「ムーンライズ・キングダム」)
出演: ジェイソン・シュワルツマン/スカーレット・ヨハンソン/トム・ハンクス/ジェフリー・ライト/ティルダ・スウィントン/ブライアン・クランストン/エドワード・ノートン/エイドリアン・ブロディ/リーヴ・シュレイバー/ホープ・デイヴィス/スティーヴン・パーク/ルパート・フレンド/マヤ・ホーク/スティーヴ・カレル/マット・ディロン/ホン・チャウ/ウィレム・デフォー/マーゴット・ロビー/トニー・レヴォロリ/ジェイク・ライアン/ジェフ・ゴールドブラム 他
配給:パルコ ユニバーサル映画
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2023年9月1日(金) TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開!
https://asteroidcity-movie.com/