映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」を音で噛み締める!!
特異な内容ゆえに〈問題作〉の烙印を押されながらも、いまではアメリカーナの伝説として語られるブルース・スプリングスティーンの82年作『Nebraska』。労働者階級の英雄となった彼が、ウディ・ガスリー的視点で現代アメリカの闇を見つめ、敗れ去った夢や希望を切り取ったこのアルバムは時を経て特別な輝きを放っている。
そんな『Nebraska』誕生の背景を、制作期にフォーカスして描き出すのが、日本公開も始まった劇映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」だ。監督・脚本は、初めてメガホンをとった「クレイジー・ハート」でジェフ・ブリッジスを起用し、音楽映画として高い評価を得たスコット・クーパー。都会の喧騒から離れ、故郷であるニュージャージーの郊外に建つ静かな自宅で、幼き頃に負ったトラウマなどと格闘していたスプリングスティーンが、チャールズ・スタークウェザーとキャリル・フューゲートによる連続殺人事件をモチーフにした“Nebraska”などを作り、暗く沈潜する物語へ傾斜していく過程を丹念に追っていく。
ボスのフィーリングを掴み取る
映画の軸を成しているのはレコーディングのプロセスだ。探求と錯誤の軌跡はスプリングスティーンの創作の常だが、先ごろリリースされたボックスセット〈Nebraska 82〉においても語られた通り、このときも創意の試行を山のように重ねた事実が作中ではしっかりと描かれている。そこから見えてくるのは、〈本能と直感に従って進むことでしか生まれない感情がある〉という彼の表現哲学であり、そんな重要な原点をフィルム上に丁寧に焼き付けてみせている点は、長年のリスナーたちの間でも評判を呼ぶに違いない。
そんな映画の心音を刻みつけているのが、オリジナル・サウンドトラック『Springsteen: Deliver Me From Nowhere』である。全編の歌唱を担当するのは、ボスを演じたジェレミー・アレン・ホワイト。2024年に日本公開された「アイアンクロー」で実在の義足レスラー、ケリー・フォン・エリックを演じた彼が今度は音楽という領域で魂を晒してみせる。感心してしまうのは、ジェレミーが決して模倣ではなく、確かに自分の声としてボスのフィーリングを掴み取っているところだ。本作に携わるまで歌もギターも未経験だったという彼だが、7か月の特訓を経てこれほどまでに説得力ある音楽表現をものにしていることに、驚きを禁じ得ない。アコースティック・ギターとハーモニカだけの演奏と深いエコーの中で静かに響くぽつねんとした呟き。そこにあるのは飾り気のない真実そのものであり、ボスから贈られたという55年製ギブソンJ-200を握りしめ、苦闘のハイウェイを突っ切っていくような彼のパフォーマンスは、スプリングスティーンの音楽と同様にどこか遠くの見知らぬ風景へと誘ってくれる力を備えている。
