©2025 20th Century Studios

映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」を音で噛み締める!!

 特異な内容ゆえに〈問題作〉の烙印を押されながらも、いまではアメリカーナの伝説として語られるブルース・スプリングスティーンの82年作『Nebraska』。労働者階級の英雄となった彼が、ウディ・ガスリー的視点で現代アメリカの闇を見つめ、敗れ去った夢や希望を切り取ったこのアルバムは時を経て特別な輝きを放っている。

 そんな『Nebraska』誕生の背景を、制作期にフォーカスして描き出すのが、日本公開も始まった劇映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」だ。監督・脚本は、初めてメガホンをとった「クレイジー・ハート」でジェフ・ブリッジスを起用し、音楽映画として高い評価を得たスコット・クーパー。都会の喧騒から離れ、故郷であるニュージャージーの郊外に建つ静かな自宅で、幼き頃に負ったトラウマなどと格闘していたスプリングスティーンが、チャールズ・スタークウェザーとキャリル・フューゲートによる連続殺人事件をモチーフにした“Nebraska”などを作り、暗く沈潜する物語へ傾斜していく過程を丹念に追っていく。

 

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ボスのフィーリングを掴み取る

 映画の軸を成しているのはレコーディングのプロセスだ。探求と錯誤の軌跡はスプリングスティーンの創作の常だが、先ごろリリースされたボックスセット〈Nebraska 82〉においても語られた通り、このときも創意の試行を山のように重ねた事実が作中ではしっかりと描かれている。そこから見えてくるのは、〈本能と直感に従って進むことでしか生まれない感情がある〉という彼の表現哲学であり、そんな重要な原点をフィルム上に丁寧に焼き付けてみせている点は、長年のリスナーたちの間でも評判を呼ぶに違いない。

VARIOUS ARTISTS 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ(オリジナル・サウンドトラック)』 Columbia/ソニー(2025)

 そんな映画の心音を刻みつけているのが、オリジナル・サウンドトラック『Springsteen: Deliver Me From Nowhere』である。全編の歌唱を担当するのは、ボスを演じたジェレミー・アレン・ホワイト。2024年に日本公開された「アイアンクロー」で実在の義足レスラー、ケリー・フォン・エリックを演じた彼が今度は音楽という領域で魂を晒してみせる。感心してしまうのは、ジェレミーが決して模倣ではなく、確かに自分の声としてボスのフィーリングを掴み取っているところだ。本作に携わるまで歌もギターも未経験だったという彼だが、7か月の特訓を経てこれほどまでに説得力ある音楽表現をものにしていることに、驚きを禁じ得ない。アコースティック・ギターとハーモニカだけの演奏と深いエコーの中で静かに響くぽつねんとした呟き。そこにあるのは飾り気のない真実そのものであり、ボスから贈られたという55年製ギブソンJ-200を握りしめ、苦闘のハイウェイを突っ切っていくような彼のパフォーマンスは、スプリングスティーンの音楽と同様にどこか遠くの見知らぬ風景へと誘ってくれる力を備えている。

 

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孤独の記録をいまふたたび

 そんなサントラのプロデュースを手掛けたのは、グラミー常連のプロデューサー、デイヴ・コブ。彼が運営を任されているナッシュヴィルのRCAスタジオAにて録音した楽曲が並べられており、自宅のベッドルームで4トラック・カセットMTRに吹き込んだデモ録音から成るオリジナルのテクスチャーがリアルに再現されている。ショーン・ペンの監督処女作「インディアン・ランナー」の原点となった“Highway Patrolman”、カントリー界の永遠のヒーロー、ハンク・ウィリアムスの47年発表の楽曲からタイトルを借りた“Mansion On The Hill”など、犯罪者や虐げられた者、時代の狭間で棲息する負け犬たちの歌が代わる代わる登場するが、暗闇に灯る小さな明かりや壁に映る影までもが聴こえてくるような雰囲気をいずれも湛えているのが魅力的。発表当時に装飾を徹底して排除したサウンド・スタイルが反時代的な振る舞いだと見なされた曲たちが、ここにおいては何やら崇高な遺産のような佇まいを見せているのも印象的だ。

 本サントラには『Nebraska』以外の楽曲も登場する。オープニングを飾るのは、この2年後に発表となり、世界各国でメガヒットを記録するアルバムの表題曲“Born In The U.S.A.”だ。「タクシードライバー」の脚本などを手掛けたことで知られるポール・シュレイダーから送られてきたシナリオからインスピレーションを受けて書かれたこの曲は、もともとの体裁は陰鬱なフォーク・ブルースであったが、のちにボブ・クリアマウンテンのプロデュースにより、派手なシンセ・リフとゲート・エコー効きまくりのドラムが炸裂するロック・ナンバーとしてパワフルに大変身を遂げたのであった。

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 この映画では、同曲が地味で古めかしい『Nebraska』の世界とのコントラストを生み出す役割を担っているのだが、実際の仕上がり具合はというと、ボスのひりつくようなシャウトを巧みに再現してみせるジェレミーの歌唱が圧巻で、聴き応えは満点。同じく『Born In The U.S.A.』に収録される“I’m On Fire”のカヴァーがほろ苦いロマンス・シーンの背景に登場するのだが、原曲の魅力を形成するナイーヴな感触をジェレミーが実に上手く表現していることに注目されたい。

 アルバム終盤を占めるのは、リトル・リチャードの“Lucille”やジョン・リー・フッカーの“Boom Boom”といったロック~ブルース古典のカヴァー。これらはスプリングスティーンがアズベリー・パークのクラブ、ストーン・ポニーに定期出演していたキャッツ・オン・ア・スムース・サーフェイスのステージに飛び入りするシーンで披露されており(バンド・メンバーを演じるのはライヴァル・サンズのジェイ・ブキャナンやグレタ・ヴァン・フリートのジェイク&サム・キスカたち)、一転して享楽的ムードが満載で、ひたすら楽しいテイク揃いとなっている。

 『Nebraska』という孤独の記録をいまふたたび鳴らし直した映画と音楽。そこから聴こえるのは、名声の陰でみずからの影と対峙する一人のロック・ミュージシャンの呼吸だ。そんな彼の魂から発せられる微かな軋みをこのサントラは確かに刻んでいるのである。 *桑原シロー

ブルース・スプリングスティーンの作品を一部紹介。
左から、80年作『The River』(Columbia)、82年作の未発表テイクなどを集めたボックスセット『Nebraska 82: Expanded Edition』(Columbia/Legacy)、84年作の40周年記念盤『Born In The U.S.A.(40th Anniversary Edition)』(Columbia)

ブルース・スプリングスティーンの未発表作品を集めたボックスセット『Tracks II: The Lost Albums』(Columbia/Legacy)

左から、デイヴ・コブが参加したブルース・スプリングスティーンの2014年のトリビュート盤『Dead Man’s Town: A Tribute To Born In The U.S.A.』(Lightning Rod)、ライヴァル・サンズの2023年作『Lightbringer』(Atlantic)、グレタ・ヴァン・フリートの2023年作『Starcatcher』(Lava/Republic)

 

さまざまな切り口で音楽家の魅力を伝える最近の伝記映画サントラをピックアップ!!!

 シシー・スペイセクがロレッタ・リンを演じた80年の「歌え!ロレッタ愛のために」など、古くから音楽家の伝記映画は制作されていましたが、近年さらに増えてきているのはご存知の通り。起爆剤となったのはやはり「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットで、最近も「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」が話題を集めました。主演俳優が歌ったり、既発曲をアレンジしたりと音楽面でのアプローチも多種多様。お気に入りのサントラが増えたというリスナーも多いのではないでしょうか。ここでは、2019年以降の音楽伝記映画のサントラを紹介。2026年もマイケル・ジャクソンを描く「Michael マイケル」、“上を向いて歩こう”の誕生秘話「SUKIYAKI 上を向いて歩こう」などが控えており、音楽家と映画の素敵な関係はまだまだ続きそうです! *田中亮太

 

ELTON JOHN, タロン・エガートン 『Rocketman』 Virgin EMI/ユニバーサル(2019)

エルトン・ジョンの波乱に満ちた半生をタロン・エガートンが体現した映画「ロケットマン」は、主演がヒット曲を熱唱。歌唱力は相当なもので、メロディーを情感たっぷりに聴かせている。書き下ろし曲ではタロンとエルトン本人が麗しいデュエットを披露し話題に。 *木津 毅

 

ANDRA DAY 『The United States Vs. Billie Holiday』 Warner(2021)

不世出のジャズ・シンガーと当局の弾圧を描いた「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」で主人公を演じたのがアンドラ・デイ。独特な震えも含めてもの悲しげヴォーカル・スタイルを見事なまでに自分のモノにしてみせていて、脱帽せずにはいられない。 *桑原シロー

 

JENNIFER HUDSON 『Respect』 Epic/ソニー(2021)

ジェニファー・ハドソンがアレサ・フランクリンの半生を演じた映画「リスペクト」のサントラは、エモーショナルなジェニファーの歌唱力が存分に堪能できる。ウィル・アイ・アム制作のゴスペル調のオリジナル“Here I Am (Singing My Way Home)”が白眉。 *桑原シロー

 

VARIOUS ARTISTS 『Elvis (Original Motion Picture Soundtrack)』 RCA/ソニー(2022)

本編ではエルヴィス・プレスリーの生き様をド派手に見せていたが、このサントラはオリジナルに加え、リミックスも収録、ドージャ・キャットら現代のスターが多彩に再解釈する楽曲を揃えた華々しい仕上がりだ。主演のオースティン・バトラーの歌もたっぷり聴ける。 *木津 毅

 

DONNIE & JOE EMERSON, LEOPOLD ROSS 『Dreamin’ Wild』 Light In The Attic(2022)

発表された70年代には売れなかったドニー&ジョー・エマーソン兄弟によるレコードが、後世いかに発掘されたかを物語る「ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた」のサウンドトラック。兄弟によるオリジナル曲の素朴な輝きが、時を超えて胸を打つ。 *木津 毅

 

BOB MARLEY & THE WAILERS 『One Love (Original Motion Picture Soundtrack)』 Tuff Gong/Island/ユニバーサル(2024)

レゲエ史に名を残すシンガーの人生とレガシーを探る映画「ボブ・マーリー ONE LOVE」のサントラ盤。ボブのヴィジョンやリズム感覚の特異性を物語る楽曲揃いだが、スティーブン・マーリーがリアレンジしたヴァージョンの存在が本作の価値を高めている。 *桑原シロー

 

VARIOUS ARTISTS 『Back to Black エイミーのすべて オリジナル・サウンドトラック』 Island/ユニバーサル(2024)

エイミー・ワインハウスの伝記映画「Back to Black エイミーのすべて」の登場曲を集めた一枚。劇中では主演のマリサ・アベラが歌っているが、本作にはエイミーのオリジナル曲を収録。他アーティストの楽曲もあり、彼女の音楽的な参照点もわかる内容だ。 *木津 毅

 

ティモシー・シャラメ 『A Complete Unknown』 Columbia/ソニー(2025)

映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」ではボブ・ディランがNYフォーク・シーンのスターとなり、ニューポートのフェスで〈事件〉を起こすまでを活写。本作ではその時期のディランの楽曲を主演のティモシー・シャラメが演奏し歌っており、他にも出演者本人の見事な歌を揃えている。 *木津 毅

 

KNEECAP 『KNEECAP』 Heavenly(2025)

ユーモラスかつ過激に北アイルランドのアイデンティティーを訴えるトリオの自伝的映画「KNEECAP/ニーキャップ」は、彼ら自身が本人役として主演しているのもユニーク。本作に“Belfast”を提供したオービタルのポール・ハートノルとはその後コラボも実現。 *田中亮太

 

ROBBIE WILLIAMS 『Better Man』 Columbia/ソニー(2025)

ロビー・ウィリアムスの半生を、なんとチンパンジーの姿として描いた奇想天外な作品を手掛けたのは「グレイテスト・ショーマン」で名を上げたマイケル・グレイシー。サントラには主役の各時代における代表曲や新曲などを、絢爛なリアレンジで収録している。 *田中亮太

 


MOVIE INFORMATION
映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」

50年にわたり第一線を走り続け、いまも世界中のスタジアムを熱狂させるブルース・スプリングスティーン。頂点に立つ直前、彼は成功の重圧とみずからの過去に押し潰されそうになりながら、わずか4トラックの録音機の前で、たった一人、静かに歌いはじめる。ヒットチャートも栄光も求めず、ただ心の奥底から掘り出した〈本当の声〉を、孤独と痛み、そして創造の原点とともに刻み込んだ――。彼の魂の旅路が、いまスクリーンに映し出される。

監督:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング、 ポール・ウォルター・ハウザー、スティーヴン・グレアム、オデッサ・ヤング、ギャビー・ホフマン ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
2025年11月14日より全国ロードショー
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen