InstagramやYouTube、TikTokなどを通じて無名の演奏家による超絶プレイ的な動画を目にする機会は増えているし、そうした場合のキャッチーさにプレイヤーの若さが寄与している例は非常に多い。そういう意味では、このコンビも今日的なバズを道筋として現在のポジションに至ったアーティストだと言える。ドミ&JDベックは観る者をグイグイ引き込む演奏力と愛くるしいヴィジュアルによって多くの人に発見され、ついにはブルーノートからデビューを果たした話題のデュオである。とはいえ、もちろん若さにだけ価値があるわけでないのは言うまでもない。
2000年に生まれた鍵盤奏者のドミはフランスのメス出身で、フランス国立高等音楽院を経てボストンのバークリー音楽大学で学んだ才能の持ち主。一方、2003年にテキサス州ダラスで生まれたドラマーのJDベックは、10歳でドラムの演奏を始め、小学生の頃から地元でギグを行っていたという早熟ぶり。そんな二人を直接的に結び付けたのは、JDと同じダラス出身でもあるドラマーのロバート“スパット”シーライト(スナーキー・パピー/ゴースト・ノート/TOTO)だそうだ。2018年にアナハイムで開催されたNAMM(世界最大規模の楽器展示会)のショウに招待された両名は、その日のプレイを通じて意気投合し、エリカ・バドゥの誕生日パーティーでも共演するなどして息を合わせていく。最終的にはダラス郊外にあるJDの実家でセッションを重ね、その成果はSNSを通じて広く共有されるようになった。JDは「Instagramのアルゴリズムが僕らに有利に働いたと思う」と語るが、サンダーキャットやアンダーソン・パークの目に留まることになる卓越した演奏こそが彼らを成功へと導いたのは明白だ。
2020年後半にLAを訪れた二人は、そこでアンダーソン・パークと契約する。結果的には彼の新レーベル=エイプシットとブルーノートのダブルネームという形で今回のファースト・アルバム『NOT TiGHT』が完成したわけだが、契約の際にアンダーソンに問われてホワイトボードに書き連ねた〈夢の共演者〉こそが、サンダーキャット、マック・デマルコ、ハービー・ハンコック、スヌープ・ドッグ、バスタ・ライムズ、カート・ローゼンウィンケルといったアルバムの豪華ゲスト陣になったという。
磐石のバックアップこそあれ、『NOT TiGHT』の太い軸にあるのは二人のアンサンブルそのものであり、それはスタジオ・アルバムとして綿密に構築されたものだ。「ジャズの偉人のようにライヴ・アルバムを録音すべきだと言われた」(JD)と周囲の意見もあったようだが、「僕らはスナップショットをアートにすることを望まなかった。何か新しいことをしたかったんだ」(JD)とのことで、アルバムはセルフ・プロデュースの形で仕上げられた。Instagramのプロフィールによると、彼らにとっては70年代のフュージョンや「ポケモン」などの音楽が大きなインスピレーションになっているそうだ。もちろん動画でカヴァーしていたJ・ディラのようなヒップホップからの影響は標準装備されているし、憧れたゲスト陣の作風に直結するような部分もそのままパッケージされている。
冒頭の“LOUNA’S iNTRO”とアウトロの“THANK U”にのみ弦楽隊を動員しつつ、基本的に楽器はすべて二人で演奏。JDも“U DON’T HAVE TO ROB ME”などで繊細なヴォーカルを聴かせるし、シンセ・ベースも柔和な歌声も操るドミの振る舞いにはサンダーキャットを連想する人も多いのではないか。そのサンダーキャットが歌とベースで客演した“BOWLiNG”でドミと声が重なる様も実に優美だ。マック・デマルコとの“TWO SHRiMPS”もハービー・ハンコックを招いてヴォコーダーをあしらったスペイシーな“MOON”もメロディアスな情緒で満たされているが、もちろん意表を突く展開とアタックに溢れた演奏は絶好調なので、動画からのファンも満足のはずだ。イントロに続く“WHATUP”から煌めく鍵盤とシフトチェンジするドラムの魅力的な快走は存分に味わえる。空間をくまなく周遊するリズムから飛び出してピアノが跳躍する“SPACE MOUNTAiN”、カート・ローゼンウィンケルのギターが伸びやかな“WHOA”、ドラムンベースのように疾駆する“SNiFF”など、どの楽曲にもキャッチーな親しみやすさが宿っている。
複雑さも調和の取れたコンパクトさによって絶妙にポップに響き、テクニックの凄さも楽しく伝わるからこそ決して難解にはならない。単純に痛快なスピード感を楽しんでもいいし、類稀なテクニックを堪能してもいいし、メロウな浮遊感にただ浸ってもいい。活き活きと躍動する楽しげなクリエイションで満たされた『NOT TiGHT』はそんな大注目の快作である。
ドミ&JDベック
2000年にフランスのメスで生まれたドミ・ルナ(キーボード)と、2003年に米テキサスはダラスで生まれたJDベック(ドラムス)のデュオ。バークリー音楽大学に在籍していたドミと、10歳から演奏を始めていたJDが2018年に出会い、デュオでの定期的なプレイを開始。演奏がSNSを介して脚光を浴びてアンダーソン・パークに見い出され、2021年にはシルク・ソニック“Skate”のコライトに参加する。今年に入ってブルーノートと契約し、シングル“SMiLE”“TAKE A CHANCE”を経て、ファースト・アルバム『NOT TiGHT』(Apeshit/Blue Note/ユニバーサル)を8月3日にリリースする。