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緊張や重圧から気持ちを解放するための鮮やかな新作『Freakout/Release』が完成――こんな世界でもホット・チップと踊ろうぜ!

 「今回の楽曲はどれも不安と恐怖を取り上げていて、そうした感情にふたたび目を向けて前向きな解放をめざしている」(アル・ドイル)。

 ここ数年の世界全体を覆う緊張や重圧をひしひしと実感しながら、それでもホット・チップは未来をポジティヴに捉えてそこからの解放を試みる。このたびリリースされた通算8枚目のアルバム『Freakout/Release』は、デュオとしての発端から数えて20年以上のキャリアを誇るこのヴェテラン・バンドがまだまだ鮮やかに発展していく可能性を実感させてくれる。

HOT CHIP 『Freakout/Release』 Domino/BEAT(2022)

 フィリップ・ズダールが共同プロデュース/ミックスした前作『A Bath Full Of Ecstasy』(2019年)以降、アレクシス・テイラーはソロ作を発表しているし、ジョー・ゴッダードもエイミー・ダグラスとのデュオ=ハード・フィーリングスとして初のアルバム『Hard Feelings』を発表した。バンドではイビビオ・サウンド・マシーンのアルバムをプロデュース、ホールジーからニーナ・シモンまで多彩な面々の楽曲をリミックスしている。もちろんホット・チップ名義でもヴェルヴェット・アンダーグラウンド“Candy Says”のカヴァーを含むミックス作品『Late Night Tales』やジャーヴィス・コッカーをフィーチャーした“Straight To The Morning”(今回の新作には未収録)というリリースはあったものの、オリジナル・アルバムは3年ぶり。その間にアル・ドイルは東ロンドンにスタジオを新設して制作環境を整えており、つまり今回の『Freakout/Release』はそこから生まれた最初の楽曲集というわけだ。

 「ホット・チップのレコード作りを考慮しながら、スタジオを設計した。集まって何かをするとき、僕らはずいぶんとせっかちなんだ。スタジオにいてもアイデアを実行できるまでの準備に時間がかかるから、常に楽しいとは限らない。ここではあらゆるものがいつでも起動しているから、自分たちのやっていることを難なく形にできる」(ドイル)。

 隔離期間を経て改めて集まったことも作用したのかどうか、スタジオ内で思いのままに時間を共有したことがバンド・サウンドの一体感や臨場感に繋がったのは明らかだろう。

 「バンドとエンジニア全員が一堂に会して、新しい場所で新しいことを始めるのはとても刺激的だった。ふたたび全員で集まれるようになるまで、僕たちは蛇口をひねって猛烈な勢いで溢れ出す大量のアイデアを貯め込んでいた」(アレクシス・テイラー)。

 そんなわけで、彼らは出し惜しみしない。アルバムの冒頭を飾るのは解放感に溢れた“Down”で、これはレアな学生バンドとして発掘されたユニヴァーサル・トゥギャザーネス・バンドの“More Than Enough”をループしたファンキーなディスコ・チューンだ。一方で、明朗でメロディアスな直球のエレポップ“Eleanor”や、ソウルワックスがプロダクションに助力した豪快なエレクトロの表題曲“Freakout/Release”、ルー・ヘイター(元ニュー・ヤング・ポニー・クラブ)も声を添えたPSB的な“Hard To Be Funky”など、収録曲はいずれも固有の親しみやすい姿に仕立てられている。

 「曲はどれも完成されたポップソングに思えるけど、僕たちはただ同じ部屋に集まって曲を作っただけだ。そこでの時間は、自分たちがどれだけコンポーザーとして、ミュージシャンとして成長してきたかを示す証だ」(ドイル)。

 打ちひしがれた気持ちに優しい哀愁味で寄り添う“Broken”、ラッパーのケイデンス・ウェポンを迎えて人種間の緊張や男性の女性に対する攻撃性をテーマにしたという“The Evil That Men Do”など、歌詞の面では時代の空気感を如実に反映した側面も目立っていて、それは「我々は、さまざまな面で人生がままならないことを容易に実感できる時代を生きてきた。だから多くの楽曲に暗い要素が影を落としている」(ジョー・ゴッダード)という言葉の通りということになるのだろう。それでも悲観的なわけではなく、耳に馴染む印象は実に爽やかで後味がいい。この秋にはブリクストン・アカデミーでの複数日公演も計画されているというホット・チップだが、珠玉のシンセ・ポップが揃えられた『Freakout/Release』はさらに多くのリスナーを解放へと導いていくことだろう。

左から、ユニヴァーサル・トゥギャザーネス・バンドの編集盤『Universal Togetherness Band』(Numero)、ルー・ヘイターの2021年作『Private Sunshine』(Skint)、ケイデンス・ウェポンの2021年作『Parallel World』(eOne)

 

左から、ホット・チップの2019年作『A Bath Full Of Ecstasy』(Domino)、ホット・チップによる2020年のミックスCD『LateNightTales: Hot Chip』(LateNightTales)、アレクシス・テイラーの2022年作『Silence』(Orbistor)、ハード・フィーリングスの2021年作『Hard Feelings』(Domino)、イビビオ・サウンド・マシーンの2022年作『Electricity』(Merge)、ニーナ・シモンの編集盤『Feeling Good: Her Greatest Hits And Remixes』(Verve)