Photo by Toshiaki Kitaoka

2022年でデビューから10周年を迎えたジャズピアニストの桑原あいが、新たなアルバム『Making Us Alive』を完成させた。2021年にリリースした初のソロピアノアルバム『Opera』に続く通算11枚目のアルバムだが、〈桑原あい ザ・プロジェクト〉名義での作品は『To The End Of This World』(2018年)以来、4年ぶりとなる。同名義での前作は総勢12名の多彩なゲストが参加し、歌ものやラップからクラシカルな弦楽までジャンル混交的な作品に仕上がっていた。他方、今作は〈ザ・プロジェクト〉の核となる、ベーシストの鳥越啓介、ドラマーの千住宗臣とのレギュラートリオでのライブアルバムとなっている。

トーキング・ヘッズのライブアルバム『Stop Making Sense』がモチーフの一つになっているという今作。2022年4月から7月にかけてビルボードライブ大阪やブルーノート東京など全国4箇所でレコーディングツアーを実施し、その中から厳選したベストテイクが収録されている。収録楽曲はオリジナル曲のほか、トーキング・ヘッズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどのロックナンバー、クインシー・ジョーンズのアルバムでも知られる“Everything Must Change”、さらにジョルジュ・ビゼーのオペラ「カルメン」から“Habanera”など、ユニークな名曲揃いだ。

今回のインタビューでは、デビューから10年間での音楽活動の変化や、アルバム制作の裏側、レギュラートリオの現在、そして今後の展望まで語っていただいた。

桑原あい ザ・プロジェクト 『Making Us Alive』 Verve/ユニバーサル(2022)

 

音楽って生き様なんだ

――桑原さんは今年でデビュー10周年を迎えました。この10年間を振り返って、ご自身の音楽についてどのような変化を感じていますか?

「デビューした2012年当時は〈自分の音楽ってなんだろう?〉というのを見つけたい一心で、音楽家という存在に対してまだ夢を見ていたところがありました。スターに憧れていたというか。なにもしないと〈普段の桑原あい〉になってしまうから、そうならないように、いかに生活感を捨てて〈アーティストとしての桑原あい〉という存在を確立するか。音楽から日常を切り離そうと必死になっていたんです。

だけど、そうするとどんどん視野が狭くなって、とにかく自分の世界にこもるようになっていく。作曲するときも3週間ぐらい誰にも会わずに閉じこもって、カーテンを閉め切った部屋でひたすら五線譜と向き合いながら自分を追い込む作業をしていました。

そうしたことを続けていたら、2014年に『the Window』という3枚目のアルバムができた途端に作曲ができなくなってしまった。糸がプチンと切れたように自分のことも自分の音楽もぜんぶ嫌いになっちゃって、なにを目指したらいいのかわからなくなってしまったんです。それから1年半ぐらい曲が書けませんでした。

けれど、2015年にスイスの〈モントルー・ジャズ・フェスティバル〉のソロピアノコンペティションに日本代表として出させていただくことになったんですね。そのときにクインシー・ジョーンズが私の演奏を聴きに来てくださったんですよ。しかも出番直前に私が座っていたところにやってきて。クインシーのことはアレンジャーとしても大好きだったのでもう感激!

で、そのとき、コンペではオリジナルを1曲演奏する予定だったのですが、スランプだしどうしようと悩んでいたら、クインシーが〈あなたの音楽を弾いてきなさい〉って言ってくださった。これはもう曲を弾いてる場合じゃないなと思って、本番では演奏時間を無視して即興したんです。だからコンペ自体は時間オーバーで失格になってしまいましたけど、その演奏を聴いてくださったクインシーから〈君に足りないものはただ生きていくことだけだ〉って言われて。スランプに陥ってることとかいろいろな悩みを打ち明けてクインシーと話していたら、黒い影のような重りがスッと落ちた気がしたんですね。それで日本に帰る飛行機の中でクインシーのことを思いながら“The Back”という曲を書き上げて、スランプを抜け出すことができたんです。

2021年作『Opera』収録曲“The Back”

その後、スティーヴ・ガッドとウィル・リーと共演するようになって、レコーディングやツアーを通じて彼らの佇まいに触れていく中で、音楽だけでなくまずは人間として尊敬する部分がものすごくたくさんあるな、ということにあらためて気づきました。音楽って生き様なんだと。そこからは殻に閉じこもって自分の中だけで音楽を作ろうとはせず、誰かと触れ合うことだったり、日常の中にある自分の心を大切にすることが一番大事だなと思うようになりました。

以前に比べたら生きることそのものが楽しくなりましたし、ソロピアノを弾くときもオープンマインドな姿勢で取り組めるようになりました。10年前の自分からしたら180度違う感覚ですね」