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Photo by Kana Tarumi

〈歌〉は音楽に必要不可欠

――曲作りのやり方も変化しましたか?

「変わりましたね。今はもう部屋に閉じこもることはなくなって、心にフッと浮かんだメロディーがあればそれを脳内にストックして、しばらくしても消えずに残っていたものを書いたりしています。

あと歌が大事だということにもあらためて気づきました。声を出して歌うことだけではなくて、ピアノのメロディーも含めた広い意味での歌のことです。作曲するときにメロディーを歌として書こうとすると感覚が全然違うんですよね。それと、もともと私は言葉に憧れがあって、もし自分が声で言葉を上手く扱えるなら歌手になりたいとも考えていたので、そういう意味でも歌は憧れだし、音楽に必要不可欠だと思っています」

――なぜ歌の重要性を再発見したのでしょうか?

「歌を意識するようになったのは、やっぱりスティーヴとウィルと一緒に演奏するようになってからですね。彼らのプレイを聴いているうちに自然と気づき始めたんだなと思います。彼らからも歌をめちゃくちゃ感じるんですよ。ウィルなんて楽屋ではずっと歌ってるし(笑)、ベースソロも歌のように聴こえてくる。スティーヴだってドラムを歌わせていないと一音一音の責任感が出せないと思います」

――10年前と比べてリスナーからのフィードバックに変化はありますか? たとえばライブでの感触はどうでしょうか。

「ライブでの感触……そういえば、ライブに来てくださるファンの方が6割ぐらい女性になりました。それはすごく嬉しかったです。やっぱりジャズって地下に潜って聴くみたいな、女性にとってはちょっと行きづらいなと感じてしまうイメージもあるじゃないですか。そうじゃないものを目指していたので。もちろん生粋のジャズファンみたいな方にも聴いていただきたいですけど、地下に潜らないと聴けない音楽ではなくて、普通にエンタメとしても楽しめるものとして触れて欲しいとは思っていました。だからライブ会場で若い女性のお客さんを見かけるようになったときはとても嬉しい気持ちになりましたね。

ライブのとき、以前は〈MCを頑張ろう!〉と一生懸命になっていたのですが、今は普段会話するようにラフな感じでMCで喋るんです。それもあってかライブが終わったあとに女性ファンの方からメッセージをいただくことも増えました。特に〈等身大の話が心に響いた〉〈一緒に会話してるみたいな感覚だった〉といったことを言われることがめちゃくちゃ多くて。別にそう思われようと意識して喋っているわけではないんですけどね。

もともと人前で喋るのは嫌いだったんです。怖くって。MCで間違ったことを言っちゃったらどうしようとか、とにかく失敗しないようにしようとビクビクしていました。音楽の作り方と同じで変に完璧主義なところがあって、〈間違えたら人生終わりだ!〉みたいに自分を追い込んでいた。でも今は間違えたら〈ごめん間違えた!〉って言えばいいし、なにごとも自然体でリラックスしてやれるようになりました」

 

3人の演奏が爆発する瞬間

――新作『Making Us Alive』をスタジオ録音ではなく〈レコーディングツアーからベストテイクを選曲する〉という方法にしたのはなぜでしょうか?

「ベースの鳥越啓介さん、ドラムの千住宗臣さんとは2017年にトリオを結成して、この5年間いろいろな場所でライブをやってきましたけど、どんな環境で演奏するかによって爆発する瞬間が変化するんですね。それで、3人とも爆発したテイクが出たのが、2019年にスペインのサン・セバスティアンの野外フェスに出演したときだったんです。わりと小さなステージで、ちょうど豪雨に見舞われて楽譜はびちょびちょみたいな状況。近くに海もあるので波の音もめっちゃ聞こえてくる。ライブハウスやコンサートホールのように整った環境ではなかったんですけど、でも3人とも記憶に残っているライブと言えばそれなんです。

『Making Us Alive』を録音したレコーディングツアーのライブ動画

それでこのトリオの良さが出るとしたら開けた環境だなと思って。スタジオのブースにこもってレコーディングしても、もちろんそれはそれでいい音楽が作れるかもしれないですけど、今残したい音楽とは違うなと。本当は森の中でレコーディングしたいぐらいだったんですけど、それは現実的ではないので(笑)、いろいろと案を出し合った結果、お客さんがいる状態のライブを収録しようということになりました。ただ、1本のライブだけだとそのときのライブアルバムになって趣旨が変わってしまうので、何箇所かでツアーとしてライブをして、そこから面白いテイクを拾っていくことにしたんです。

〈10周年でアルバムを作りましょう〉と言われて、やっぱり特別な気持ちになってしまうじゃないですか。だから最初はゲストをたくさん呼ぼうかなとも考えていました。ボーカリストばかり呼んで歌のアルバムを作ろうかなとか、オーケストラを入れようかなとか。でもいろいろなアイデアを出し切った結果、どうもぜんぶ違うなと感じて、やっぱり今私の近くで音楽を支えてくれている人とやりたい、だったらこの3人でやるしかないと思ったんです。もともと私はピアノトリオがやりたくて10年前にジャズの世界に飛び込んでいますし、そういう意味では音楽を始めた最初の頃の気持ちを思い出すところもありました」

『Making Us Alive』収録曲“マネー・ジャングル”

――実際のライブでの手応えと音源で聴き返したときの聴こえ方には違いもあると思いますが、選曲にあたって聴き返したときはどう感じましたか?

「実は私、普段からあんまり自分の演奏を聴き返さないんです。なんか過去に戻ってしまう気がして好きじゃないんですね。

ただ、今回サウンドチェックしたときは、とにかくマスタリングが本当に素晴らしくて感動しました。仰るように弾いた感触と聴いた感触ってけっこう違っていて、ミックスの段階で音源を聴き返したときは〈私、なんであのときこうやって弾いたんだろう?〉と思うことが多かった。

けれど今回、オレンジの小泉由香さんにマスタリングしていただいた音源を聴き返してみたら、それがぜんぶ手に取るようにわかったんです。たぶんピアノの前にいる感覚に近くなったんだと思います。ミックスだけのときは観客のように遠くから聴いてる感覚だったのですが、マスタリングで小泉さんは演奏風景が想像しやすい音にこだわって作ってくださったので、ピアノの目の前に座っている感覚になれたというか。

もちろん今までもマスタリングは大事だとは思っていましたけど、その重要性をあらためて痛感しました」