一度聞いたら忘れられない愛と祈りの声
――デビュー・アルバム『レナード・コーエンの唄』から最後のアルバムとなった『サンクス・フォー・ザ・ダンス』まで、彼のキャリアを網羅する初のベスト盤

 レナード・コーエンの歌は終わりのない夢に似ている。あるときそれは願い事に限りなく近づく旅だ。またあるときは伸びて細くなっていく糸にすがって唱える祈りの声だ。このアルバムは、“ハレルヤ”の2008年イギリス・グラストンベリーでのライヴ・ヴァージョンからはじまる。

LEONARD COHEN 『Hallelujah & Songs From His Albums』 Columbia/Legacy/ソニー(2022)

 彼の声は一度でも聞いたら、忘れることはできない。絶叫するわけでも、高度な技巧を凝らすわけでもない。深みのある落ち着いた声が、淡々と穏やかに、物語をつむいでいく。詩人で小説家でもある彼の歌の言葉は謎に満ち、旋律は簡潔で親しみやすく、乾いた心に水のようにしみこんでくる。

 アルバム・デビューした1967年、彼はすでに30代だった。世はヒッピー/サイケデリック文化まっさかり。「30歳以上の人間は信用するな」と叫ぶ輩もいた。彼の歌声はラジオのヒット・パレードからはめったに流れて来なかったが、どこか別の世界からこの世に打ち寄せる波のように驚くほど多くの人々のもとに浸透していった。後年、ヨーロッパでツアーを行なうようになってからは、毎回何十万人もの聴衆を集めた。

 かつてはジュディ・コリンズがとりあげた“スザンヌ”や、ジェニファー・ウォーンズの“フェイマス・ブルー・レインコート”でソングライターとしての彼を知った人が多かった。しかし21世紀にレナードの名前を不滅のものにしたのは、やはりジェフ・バックリーの“ハレルヤ”だろう。聖性にも罪深さにも言及するこの歌は、いまでは教会のクリスマスのミサにひんぱんにとりあげられるスタンダードだ。

 レナード自身は信仰の人だったが、必ずしも特定の宗教だけに帰依していたわけではない。彼はキリスト教、ユダヤ教、仏教のいずれにも造詣が深く、それを歌に反映させていた。生前最後のアルバム『ユー・ウォント・イット・ダーカー』のタイトル曲の末尾には、ユダヤ教の儀式の歌声を引用している。

 台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンは“アンセム”の歌詞を引き合いに出してスピーチするのが恒例。完璧さを求めるな。あらゆるものにはひび割れがある。そこから光が入ってくる。という部分がオードリーのお気に入りのようだ。

 ニルヴァーナのカート・コパーンは、“ペニーロイヤル・ティー”の中で、あの世ではレナード・コーエンを聞かせてくれとうたっている。落ち込んだときはサミュエル・ベケットの「モロイ」を読んだり、レナードを聞いたりする、と彼は語っていた。

 混迷する世界を澄んだ目で眺めつつ、尽きることのない煩悩の海を遊泳し続けた魂の記録へ、ようこそ。