詞先でスランプを打開した“私が夢からさめたら”
──精神的にもスポンサーだってことですもんね。
「2020年の初めに“駆ける”と“標識の影・鉄塔の影”は出せたんですけど、さっきも言ったようにコロナ禍になってからは超スランプで、あの2曲しか新曲がない時期が1年ぐらい続いてましたからね。
でも、2020年中になんとか“ODDTAXI”は作って年を越したんですよ。年が明けて2021年の春くらいからまた依頼がだんだん入ってきたんですけど、どうにもこうにもやっぱりスランプは続いていたんです。
そしたら、ちょうどその曲作りに取りかかる直前くらいに、佐々木敦さんが主宰されている文学ムック『ことばと』(書肆侃侃房)から音楽特集(Vol.3)への参加の依頼があったんです。ミュージシャンが歌詞だけを新たに書いて寄稿するというお題でした」
──ありましたね。澤部くん以外にも崎山蒼志さん、寺尾紗穂さん、七尾旅人さん、豊田道倫さん、イ・ランさん、山本精一さん、諭吉佳作さん……、すごい顔ぶれでした。柴田聡子さんは小説の形態になっていましたね。
「でも、その依頼に対しても最初は〈いや、マジで今スランプで何も考えられない〉と躊躇したんです。〈書けたら送ります〉みたいな態度だったのにギリギリまで待ってもらってたんですが、いよいよ締め切りが来て〈ちょっと今回、書けませんでした〉ってメールを打とうとしたんですよ。〈こんなにいい機会をくださったのにすいません〉ってお詫びを打とうと。でも、そのお詫びの文を考えるほうが大変だ、と気づいてしまって(笑)。だったら〈何か書けないかな?〉と思ったら、“私が夢からさめたら”が書けたんですよ!」
──つまり、“私が夢からさめたら”はタイアップ曲ではないけど、澤部くんにとってスランプから脱した重要な曲で、しかも外からのオファーで生まれた曲だったという意味では、アルバムにしっかり紐づいてもいたわけですね。
「そう。しかも、詞先なんですよ。ひさしぶりに詞先で曲を作れたので、そういう意味でも自分にとってよかったなと思います。だから、実はこのアルバムで自分にとって大きかったのは、この“私が夢からさめたら”かもしれない。
そこから、フィロソフィーのダンスの奥津マリリさんのソロ用に曲を書いたり(“花をください”)、“海岸繊再訪”、“背を撃つ風”、“この夜を向け”あたりが全部固まっていったんですよ」
“ODDTAXI”が『SONGS』にあることが決して居心地悪くなかった
──とはいえ、ちょっと時系列は戻りますけど、やっぱりこのコロナ禍でのスカートにとって大きかったのは“ODDTAXI”の大ヒットですよね。
「そうですね。でも、最初は(アルバム本編ではなく)ボーナストラックとして最後に入れるつもりだったんです。少なからずスカートの認知を広げてくれた曲ではあるから、入れた方がいいだろうなとは思っていて。〈“海岸線再訪”か“窓辺にて”でアルバムが一回終わった後に“ODDTAXI”かな~〉くらいの感じ。
でも、アルバムの3曲目に入れてみたら全然問題なくハマったし、むしろ〈馴染むな~〉と思ったんです。管楽器もPUNPEEさんの監修のもとで入ってるし、他の曲とは違うニュアンスがあるんだけど、それがここにあることが決して居心地悪くなかった」
──『SONGS』というアルバムのバラエティーの豊かさを象徴してくれているし、アルバムのテンポのよさにもつながってますよね。逆に“ODDTAXI”をあえて外すとなると……。
「かえってこのアルバムをまとめるために〈SONGS〉以外の言葉が必要になってきたでしょうね。でも、“ODDTAXI”がちゃんとアルバムの中に混じったのはよかったなと思います。
ただ、“ODDTAXI”を聴いていいなと思った人がスカートも聴いてくれるのかなっていうのは、今後の課題でもあるなと思いますけどね」