才能とは速度だと定義するなら、彼ほどそれに恵まれた存在はいないだろう。マッチャポテトサラダ。大学受験を控えた現役高校生にしてトラックメイカーの彼は、2017年から作曲を始め、rarerhythmsやDRUGPAPAといったユニットでも活動する知る人ぞ知る存在だった。そんなマッチャポテトサラダの存在が広く知られるきっかけになったのが本稿で取り上げる『アニメーション・トリッピング』だ。

広義のサウンドコラージュに分類されるだろう今作は、ポスト渋谷系からヴェイパーウェイヴに至る一本の線を、「この国には何でもある。だが、希望だけがない」と村上龍が小説「希望の国のエクソダス」にて登場人物に語らせたとおりのアンニュイさで駆け抜けていく。昔この場所には明日ってやつがあったらしいよ。そう言いたげにCM音源からオールドポップまで等しくジャンクとしてかき集めフラットに並べていく所作には、もはやサンプリングアート的な新奇性を見出すことすら難しい。ベック『Odelay』やCornelius『FANTASMA』といった90年代の名盤と異なるのはこの点で、むしろ今作にあるのはどんな新しさも次の瞬間には陳腐化していく時の残酷さと、それに対する諦念の感覚だ。だれよりも鋭敏な速度=才能を生きるマッチャポテトサラダにはどうやら果てが見えてしまっているらしい。

だが、今作に希望(めいたもの)が見出せないかと言えばそれは嘘だ。ラストトラック“夏のいけにえ”で描かれる夏の情景、パンデミック下で永久に経験されることのなかった失われた感傷。それらは想像の産物であるがゆえに強く胸を打つ。なにもかも過ぎ去った不在の場所から、誰よりも速くスタートダッシュを切り、ありもしない風景に向かって駆け抜けていくこと。走れ、マッチャポテトサラダ。夏への扉はすぐそこだ。

 


RELEASE INFORMATION
リリース日:2022年11月28日

TRACKLIST
1. アニメーショントリッピング
2. 私の人生、君の人生/オリーブ少女とゆとり君
3. 初恋
4. 物語との踊り方
5. 広告と芸術
6. 目の表現
7. ウルトラブルー
8. シミュラークル
9. キウーイ
10. 春の終り、夏への扉
11. 夏のいけにえ