DIR EN GREYが2022年6月15日にリリースした11作目のアルバム『PHALARIS』が話題だ。DIR EN GREYといえば、アルバムごとに進化/深化していくその音楽性から、特に国外での高い評価は広く知られているところ。しかし近年は、スタイルやジャンルなどの枠組みを超えて、独自の評価と地位を築き上げている。まさに唯一無二のバンドに上り詰めたと言っていい彼らが到達した新作は、過去作のストリーミング配信の解禁などもあり、これまで以上に注目を集めている。今回は、そのプログレッシブでありながらもポップな〈アクセシビリティ〉について、気鋭の書き手s.h.i.が論じた。 *Mikiki編集部
集大成であり未踏の境地を切り拓いた音楽性
DIR EN GREYの新譜『PHALARIS』が素晴らしい。複雑さと聴きやすさを兼ね備えたアルバム構成はバンドの集大成的な出来栄えで、ヴィジュアル系やメタルに留まらず未踏の境地を切り拓く音楽性は、様々なジャンルの音楽ファンに聴かれるべき豊かな広がりを持っている。本稿では、このアルバムの魅力について、DIR EN GREYの優れた〈アクセシビリティ〉という観点から掘り下げてみたい。このバンドをあまり聴いたことのない人は特にお読みいただけると幸いである。
前衛的かつ実験的でありながら絶妙にポップでキャッチー
DIR EN GREYは、ヴィジュアル系やメタルの領域では殆どの人が知っている※1重要バンドである。暗く猟奇的な見せ方※2と過激な音楽表現は2000年代以降のヴィジュアル系に絶大な影響を与え、2008年の歴史的名盤『UROBOROS』では、同時期のエクストリームメタルなどを吸収して唯一無二の個性を確立。国外のメタルシーンでも高い評価※3を得た。
こうしたことを踏まえた上で、このバンドが凄いのは、〈アヴァンギャルド〉〈エクスペリメンタル〉と言われるような変則的な音楽性を突き詰めているにもかかわらず、そういうもの一般の基準からは考えられないくらい聴きやすいことだろう。
異様な姿をした長尺の楽曲は一見とっつきづらいけれども、一つ一つのフレーズは実はシンプルで、それが演奏の独特の質感と組み合わさることにより、他の誰にも真似できない形のキャッチーさが生まれる。※4
また、雰囲気表現も絶妙で、冷たくシリアスで演劇的ではあるけれども、シニカルな気取りや排他的な気配はなく、馴れ合わないからこその人当たりの良さがある。DIR EN GREYの音楽は〈暗い〉〈痛み〉〈絶望〉のような言葉とともに語られることが多いが、そうしたネガティブな気配をまといながらも良い意味でそこそこの深度に留まり安定するものでもある。仄暗い水の中でさりげなく潤いを与えてくれるような聴き心地※5はまことに得難く、それこそがこのバンドならではのポップさに繋がっている。
以上のような特性を兼ね備えたDIR EN GREYの音楽は、楽曲構造においても雰囲気表現においても絶妙なアクセシビリティを備えている※6。これは、『UROBOROS』の路線を推し進めた2011年の『DUM SPIRO SPERO』(ミスター・バングルとデススペル・オメガの間にあるような音楽性が凄まじい)にも言えることで、極端に変則的な造りをしているのにあらゆる意味で聴きやすい作品群は、エクストリームな類のメタルに馴染みのない人々にとっての入門編としても機能してきた※7。暗く激しい音楽をほとんど聴いたことのない人が初めてそうしたものに接するきっかけにもなってきたわけで、この手のヘヴィな音楽全般にDIR EN GREYが果たしてきた貢献は計り知れない。シーンにとって非常に重要な役割を担ってきたバンドであり、それだけに、約4年のブランクを経て発表された新譜『PHALARIS』※8は、リリース前から大きな注目を集めていたのである。