小山実稚恵が自宅で19世紀末のピアノを奏でて届ける〈モノローグ〉
常に音楽に対し誠実に向き合い、楽曲の奥深くにあるものを紡ぎ出すピアニストの小山実稚恵。ここ数年は特にベートーヴェンの後期のピアノ・ソナタに取り組み、スケールの大きな音楽と、音に対する探求心と愛情を改めて感じさせてくれた。そんな彼女の新譜はこれまでとは全く違う試み。『モノローグ』と題されたディスクは、自宅で、さらに小山が日常的に愛奏するヴィンテージ・ピアノを使用して行われ、色とりどりの楽曲が奏でられている。
「1890年代、ラフマニノフが生きていた時代に製造されたスタインウェイ・ピアノです。鍵盤が85鍵と少し小型の楽器なのですが、とても豊かで美しい響きがします。音を聴いた瞬間に惹かれて購入したものなのです」
このピアノは、実は小山の前2作ベートーヴェンのピアノ・ソナタ『第28&29番』、後期3大ソナタ『第30・31・32番』のジャケット写真に登場したことがある。それをご覧いただくとわかるように、繊細さと力強さが絶妙に同居した佇まいのピアノは凛とした存在感を放つ。音色は透明感がありながらもあたたかい響きに包まれており、今回収録されたバッハやスカルラッティ、ショパンにメンデルスゾーンなどの作品が小山の多彩なタッチによって実に多くの表情を見せる。
「家に録音機材が運び込まれてピアノの周りをずらっとマイクが囲む様子はとても新鮮でした。地下の別室にテーブルや椅子、スピーカーが持ち込んでいただき、制作スタッフさん用の控室にしていただき、レコーディング最中のやり取りもそこからして頂いたのです」
閑静な住宅街にある小山の自宅は時折鳥たちの声が聞こえてくる。実は今回の録音にあたり、鳥の歌が思わぬ副産物を生み出した。
「バッハのシンフォニア第11番を演奏していた時に、曲に合わせるかのように鳥が鳴いていたのです。とてもいいテイクになったので、せっかくなら活かしたいとなり、今回ボーナス・トラックとして入れさせていただきました」
様々な小品が収められた本盤だが、いわゆる〈名曲集〉とは一線を画す。すべてがピアノの音色から受けたインスピレーションによって決められ、曲順や曲間まで、細部にわたってこだわりぬかれたものとなっている。どこまでもあたたかさに包まれたこのディスクは、困難な時代を抜け、新しい希望に向かっての日々がはじまったいま、それにあたたかく寄り添ってくれるものとなるだろう。
LIVE INFORMATION
日本フィルハーモニー交響楽団 横浜定期演奏会
2023年6月3日(土)神奈川・横浜みなとみらいホール
開場/開演:16:10/17:00
2023年6月4日(日)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:13:20/14:00
出演:小山実稚恵(ピアノ)/小林研一郎(指揮)/日本フィルハーモニー交響楽団
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