このカンヴァスには何を描いてもいい――より自由に、より軽やかに、シンガーとしての色鮮やかな進化を映した『CANVAS』は、ここから始まる激動の変化への序章だ!
2022年の『ANTIDOTE』において、コロナ禍での鬱屈した想いを昂揚感に溢れた楽曲がもたらすカタルシスによって〈解毒〉してみせたシンガーの向井太一。アフロビーツやロック・テイストを新たに盛り込み、その眼差しを未来に向け、その歌声を躍動させた彼は、リリースから1年2か月の歳月が経った作品をこう振り返る。
「『ANTIDOTE』は、自分が作詞作曲しない曲を増やしたり、MVで踊ってみたり、自分のなかで挑戦する部分が大きかったアルバムでした。サウンド面においてリリース当時に言っていたのは〈脱チル〉。チルな音楽というよりエッジーなもの。例えば音色でロックっぽさを出すことで、自分のベースであるヒップホップ、R&Bから新しいサウンドを生み出そうとしたんです」。
しかし、リスナーをエンパワーする作品を生み出しながら、その後の彼は精神的に苦しい時期が長く続いたという。
「キャリアも5年、6年と積み重なって、〈次はどうしようか〉ということを考えているうちに、音楽を続けるか/辞めるかという極端なところまで思い詰めてしまったんです。でも、自分を見つめ直すなかで、最初の姿とは違うかもしれないけど、向井太一というカンヴァスが自分の音楽の下地になっている事実は変わらないと気付き、だからこそ自分の中での縛りを取っ払って、自由に曲を作っていこうと思ったんです。作品コンセプトを設けて、それにフォーカスを当てて曲を作ることが多かったこれまでの作品とは違って、今回の『CANVAS』は曲単位で作ったものをすべてひっくるめたうえで、最終的にタイトルやコンセプトをまとめた感じです」。
向井太一というカンヴァスにみずからフリーハンドで新たなアート・ピースを塗り重ねた本作には、韓国を拠点にするプロデューサーのNOIZEWAVEが前作に続いて参加。彼とKONQUESTのチームが手掛けた“Cosmos”は前作収録の“Special Seat”において打ち出したR&Bとロックのクロスオーヴァーを推し進めたエモーショナルな一曲となっている。
「“Cosmos”はタイアップ曲ということもあって、パワフルでエモーショナルなものになっているんですけど、去年は精神的に疲弊していたこともあり、よく聴いていたのはハードなものではなく、軽くスカして歌っているようなヴォーカルの曲。例えば、ラッパーがラップではなく歌っているものなんかにハマっていたんです。だから、自分の作品でも歌力を見せつけるのではなく、気を張りすぎない歌を意識した。最初の3曲はいままでの曲と比べると歌のレンジが狭いし、いい意味でレイドバックした曲になりましたね」。
冒頭3曲のうち2曲――ミニマルなビートが歌の抜けの良さを際立たせている“Young & Free”、そして鉄壁のヒットメイカーであるT.Kura & michicoのモダナイズされたディスコ・ファンク・サウンドにラップを交えた歌唱を軽やかに乗せる“TRUE YOU”は、ソングライティングを他者に委ねてヴォーカリストに徹した楽曲だ。
「それこそ、デビュー当初は自分で歌詞や曲を書きたいという気持ちがすごく強かったし、いまも自分でも曲を書きたいんだけど、人の作ったものを歌うのもすごく楽しくて。人の曲を歌いながら自然と自分が作ったものになっていくような感覚になったりするので、自分の中で垣根が取り払われて、自由度を増していく気がするんです」。
また、ソングライターとしての向井太一も着実に進化し、自由度を増している。
「自分が書く歌詞に関しては、聴こえの良さをより強く意識するようになりました。例えば、“Shut It Down”はデモ段階でNOIZEWAVEがハングルで歌詞を付けていたんですけど、それを日本語に訳したとき、もともとあった気持ち良さがなくならないように心掛けた。またエモーショナルな“Cosmos”のサウンドに対しては、声がよく聴き取れるように言葉をハメたり。自分の歌詞も変わりつつあって、昔より圧倒的に自由になった気がします」。
自分のクリエイティヴィティーにリミットを設けず、広がるままに任せたその表現世界は、この先どこへ向かうのだろうか。
「今回のEPは、向井太一というアーティストを一度塗りつぶした作品だと考えています。塗りつぶしたからには、今後は激動の時期を迎えるだろうと思っていて。『CANVAS』を序章に始まるこれからの活動に注目してほしいですね」。
向井太一の近作。
左から、2022年作『ANTIDOTE』、2021年作『COLORLESS』、2019年作『SAVAGE』(すべてトイズファクトリー)
向井太一が参加した近作を一部紹介。
左から、YOUYAの2023年作『0524』(J.E.T.MUSIC)、JUVENILEの2021年作『INTERWEAVE 02』(HPI)、May'nの2021年作『momentbook』(Digital Double) 、エース橋本の2021年作『Play.Make.Believe.』(NBN)、DJ HASEBEの2020年作『Wonderful tomorrow』(ユニバーサル)