Photo by Hibiki Tokiwa

山中千尋のニューアルバム『Dolce Vita』がリリースされた。本作は、ヨシ・ワキ(ベース)、ジョン・デイヴィス(ドラムス)とのトリオを中心にした、全編ニューヨークで録音されたアルバム。そして、3月に惜しくもこの世を去ったカリスマ、ウェイン・ショーターへ捧げられたトリビュートアルバムでもある。ショーターのキャリアを振り返り、ピアノだけでなくオルガンも交えつつ、ショーターの名曲が山中の手で大胆かつ繊細に翻案され、さらに同じく3月に亡くなった坂本龍一に捧げた曲も収録されている。そんな本作について、音楽評論家の佐藤英輔がインタビューした。 *Mikiki編集部

※このインタビューは2023年8月20日発行の「intoxicate vol.165」に掲載された記事の拡大版です

山中千尋 『Dolce Vita』 Blue Note/ユニバーサル(2023)

 

ウェイン・ショーターの好きな曲をピアノトリオで演奏する

――トリビュートやアニバーサリーという括りで、これまで何枚か個人に焦点を当てたアルバムを作っていますよね?

「トリビュートメインのアルバムは、セロニアス・モンク(2017年作『モンク・スタディーズ』)とかベニー・グッドマン(2009年作『ランニング・ワイルド』)。あと、ザ・ビートルズ(2012年作『ビコーズ』)もありました」

――それで、今回はウェイン・ショーターです。選曲には時間がかかったのでしょうか?

「かかりません。もう、やりたい曲ははっきりしていましたから。澤野工房さんからのデビューアルバム(2001年作『LIVING WITHOUT FRIDAY』)でも彼の“Black Nile”を取り上げるなど、これまでいろいろ弾いていますし。ジャズをやり始めたときから好きな曲ばかりで、迷うことはなかったですね。

実は数多く曲を録りましたが、絞りました。DVDには(CDに収録されていない)“ESP”も収められていますが、とにかく私が聴きたい曲、好きな曲をコンパイルするような感じでまとめました。

それから、ピアノトリオでやるというフォーマットが決まっていましたので、どういうふうにやろうかというアレンジの部分で曲が決まっていった部分はあります」

――ウェイン・ショーターの曲って、なにげにトリオでやるのが難儀ではないですか。

「ウェザー・リポート時代の曲になるとシンセサイザーが入ってきたりもして、余計に大変になりますよね。トリオでやるというと、古典的なものの方がいいかなとは考えました」

――アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの時代やマイルス・デイヴィス・クインテットに書いたものを含め、今作では60年代に発表された曲が選ばれています。それは、そうしたアレンジ面での理由もあったのでしょうか。

「これは、ピアノトリオでやるという前提での選曲ですね」

――では、もう少し大きな編成で録るとするならウェザー・リポート時代の曲が選ばれたかもしれないし、80年代以降のコロムビアやヴァーヴから出されたアルバムからの曲が選ばれる可能性もあったりも?

「そうですね。とはいえ、“Limbo”はマイルスの『Sorcerer』(67年)に入っているんですが、フリージャズっぽい演奏ですよね。それで、ここでは80年代にウェイン・ショーターがモントルー・ジャズ・フェスでジム・ホールとミシェル・ペトルチアーニとやったときのバージョンを参照しています。それは『Power Of Three』(87年)というアルバムタイトルで、ブルーノートから出ています」

『Dolce Vita』収録曲“Limbo”

マイルス・デイヴィスの67年作『Sorcerer』収録曲“Limbo”

ミシェル・ペトルチアーニの87年のライブアルバム『Power Of Three』“Limbo”

――ときに、ウェイン・ショーターのブルーノート時代のリーダー作においてはマッコイ・タイナーやハービー・ハンコックといった名手が参加していたわけですが、今回レコーディングしていて彼らの指さばきがフラッシュバックしたりして難しかったという側面はなかったのでしょうか。

「あまりにかけ離れていて、それは関係ないですね。やりづらいというのはまったくなかったです。そんなことを意識していたら何も弾けなくなってしまいますから(笑)」