一本の花を

ジェームズ・サーバー, 村上春樹 『世界で最後の花 絵のついた寓話』 ポプラ社(2023)

 「みなさんもごぞんじのように、第十二次世界大戦があり」という言葉からはじまるジェームズ・サーバーの絵本を、村上春樹の新訳で読むことができる。

 その知らせに、私は思わず嬉しくなって飛び上がりそうになるのだが、同時に、ほの暗い気持ちにもなる。

 というのも、この絵本がアメリカで刊行されたのは、1939年11月。ナチス・ドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦がはじまっていたときのことだったというのだから。

 ロシアによるウクライナ侵攻からの戦争が続き、私の暮らすこの日本でもきな臭い話題が絶えないこのタイミングで、ふたたび、この本が日本で刊行されるというのだから。

 絵本の扉には、「君の住む世界が、わたしの住む世界より もっと善き場所になっていることをせつに願って」という一文が、娘のローズマリーへ向けて掲げられている。

 大きな戦争がはじまる予感を前に、祈るような切実さがある。

 とはいえ、ニューヨーカー誌で活躍し、子どもの頃に目に負った傷のためにほぼ全盲だったというサーバーが描く線画は、どこまでも、スタイリッシュだし、村上春樹の訳はシリアスでありながらウィットに富む。

 私は、今、未来を生きているので、この絵本が刊行された後、第二次世界大戦がどのような経過と結末を迎えることになったのかを、知っている。

 サーバーの住む世界は、ローズマリーの住む世界は、そして、私の、あるいは、私たちの、娘たちの住む世界は、もっと善き場所になっているだろうかと自問する。

 そうしたときに、この本を、今、ふたたび、この世界に送り出そうとしてくれた人々がいることに、私は少しだけ安心する。

 「みなさんもごぞんじのように」戦争は繰り返そうとする。けれど、私たちは、何度だってそれに抗おうとする絵を、言葉を、本を、繰り返し見つけようとすることができるのかもしれない。ちょうど一本の花のように。私は、今、この本を、花を手に、希望を持ち続けることを、繰り返したい。