〈ブラジリアングルーヴマスター〉と呼ばれる音楽家、エヂ・モッタ。スティーリー・ダンなど往年のAORへの傾倒、山下達郎や大貫妙子をはじめ日本のシティポップへの愛情を隠さない彼が、5年ぶりの新作『Behind The Tea Chronicles』を完成させた。Mikikiはこれを記念して、彼の音楽を愛するミュージシャンや音楽評論家、識者など10名に〈エヂ・モッタと私〉というテーマのコメントを依頼した。エヂ・モッタへの愛を届けるのと同時に彼の作品を聴く際の優れたガイドにもなったので、ぜひ最後まで楽しんでほしい(掲載は50音順)。 *Mikiki編集部

ED MOTTA 『Behind The Tea Chronicles』 MPS/Pヴァイン(2023)

 

イハラカンタロウ

自分がエヂ・モッタの音楽に初めて触れたのは2013年リリースのアルバム、『AOR』でした。内容を聴く前は〈タイトルがAORとはなかなか〉などと怪訝な気持ちで聴き初めたのですが、それは正に名前負けを知らない豪傑作な『AOR』でありました。そこから彼の音楽の虜になっておりますが、“Windy Lady”の素晴らしいカバーに感銘を受けたり(YouTubeで今でも観れます)、Instagramで自分のアルバムのプロモーション動画にコメントをくださったりと、心に縁深く印象が残っているミュージシャンの1人です。

新作『Behind The Tea Chronicles』もとても楽しく拝聴しました。

まず一聴すると、かなりプロダクションに凝ったサウンド志向なフュージョン・アプローチという印象を受けますが、何度も聴いている内にパーカッションの絶妙なズレや楽器のタメなど、音符の縦を意識し過ぎないようにしている印象を受けました。

そういった良い意味での〈ズレ〉というのは、殊更自分の好きな年代の音楽で言えば70〜80年代のアナログかつ人力な録音から生まれた副産物であるかと考えておりますが、DTM全盛時代の昨今、録り直しは容易ですし、時間的な制約があったとしてもソフト上でオーディオデータの切り貼りが可能ですので、彼はそういった〈ズレ〉を敢えて加えているのではないかと思います。それはファッションでいう〈外し〉であったり、フィルム映像における〈味〉のような、物事に遊びを持たせることと似ていると感じました。それからM-5、7、10など、猛者的AORリスナーでなくとも通して聴いた時にお腹いっぱいにならないよう、ベクトルを変えた楽曲が並んでいるのも本当に素晴らしいです。特に“Of Good Strain”、暗めのワルツという珍しいアレンジが彼の声とマッチしていて素敵です。

そういったクレバーな工夫の数々が、一見豪華で難解なフージョンに感じるこのアルバムを、素晴らしいポップス作品に仕上げているのではないかと思います。

また冒頭で挙げた『AOR』然り、今回のアルバムもアウトロにインプロビゼーション(ゴリゴリの書き譜かも知れませんが)的なアプローチがあるのも自分のようなサウンドを楽しみたい者にとっては嬉しく、親近感が沸きます。こういうアウトロ、僕だったら怖くて絶対フェードアウトにしてしまうのですが(そしてライブで演りづらくなる)、彼は楽曲にしっかりと末尾をつけていて、やはり尊敬します。

PROFILE: イハラカンタロウ
92年生まれ。70年代以降のソウル〜AORやシティポップの系譜を踏襲したメロウなフィーリングにグルーヴィーなサウンドで作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまでを手がけるミュージシャン。都内でのライブでキャリアを積み、2020年4月にファーストアルバム『C』を発表。琴線に触れるメロディ、洗練されたアレンジやコードワークといったソングライティングが注目を集める。同年12月にシングル『gypsy / rhapsody』、2022年2月にシングル『I Love You / You Are Right』をリリース。サウスロンドンのプロデューサー、edblのリミックスを収録したシングル“つむぐように(Twiny)”は多くのラジオ局でパワープレイされ高い評価を受ける。ラジオや音楽メディアでの解説、ミュージックセレクターとしてのDJバーへの出演、プレイリストのセレクターなど音楽への深い造詣によるマルチな活動も行なっている。2023年2月にシングル“I Love You (DJ Mitsu The Beats Remix)”をリリース、4月にセカンドアルバム『Portray』をリリースした。

 

岩田由記夫

エルヴィス・プレスリーからリアルタイムでロックを聴き続けて来た。1960年代中期、ロックというジャンルが一般的になった。そして1970年代、ロックはジャンルが細分化されていった。1970年代後期頃からAORというジャンルが定着した。AOR~アダルトな方向性を持ったロック。正直言って最初は軟弱化したロックとしか思えなかった。それが聴き込んでいくうちにロックがコンテンポラリー化するのはある意味必然で耳馴染んできた。1980年代中期以降はAORは絶滅危惧種かと思えたが21世紀になると北欧を中心としてヨーロッパ中で人気が再燃した。それはデジタル・サウンドやヒップホップへのアンチテーゼとも思えた。

そしてインターネットの爆発的普及はミュージシャン達のAOR再発見に貢献した。AORをヨットロックと呼び始めたり、日本のシティポップも世界中から熱い視線を浴びるようになった。

エヂ・モッタの存在を知ったのは約20年前にさかのぼる。AORのコレクターともいうべき彼の生活から生まれる音楽は現代のAORそのものだ。ただAORを模倣するだけでなく素晴らしいメロディーとブラジリアンらしい味付けはエヂ・モッタならではの独自な世界を生んでいる。彼の名が広まるにつれインコグニートのブルーイや名ギタリスト、デヴィッド・T・ウォーカーなどとも共演するようになった。

もはやエヂ・モッタは新世代のAOR~ヨットロックの中心的存在になった。心地よくて聴くとホッとする。そして爽やか。エヂ・モッタは現代のAORシーンの巨匠と呼んでも差し支えないと思う。

PROFILE: 岩田由記夫
音楽/オーディオ評論家・音楽プロデューサー・音楽アドバイザー。1950年、東京都大田区生まれ。70年代から文筆活動に入り多数の雑誌に寄稿。FMラジオの制作プロデュース、欧州メーカーのアドバイザーも務めた。フィリップス、徳間ジャパンの顧問、音楽プロデューサーとしても活動。80年代からラジオDJとして各局でDJを務める。JFN「FMウィークエンド・スペシャル」は約15年の長寿番組に。NHK-FMでは開局30周年記念番組、20世紀最後の放送などの特別番組でDJを担当。三菱自動車などの宣伝アドバイザーとしてFM番組をプロデュース、25か国以上を取材し、英米アーティストのCD制作なども行った。90年代からオーディオ評論も開始。第一興商ルーツ・ミュージック・プロジェクトのプロデューサーを2005年まで務めた。同時期、スカイパーフェクトTV「フォーク&ロック・マスターズ」のプロデュース、番組司会、構成を担当。2008年よりdateFM「ROCK&POPS」のDJを1年半担当。2008年6月に北海道大学医学部にて〈終末医療と音楽の関係〉というタイトルで、2009年に仙台パルコにて日本のロックについて講演。2013年4月から第一生命の広告部宣伝アドバイザーおよびbayfm78にて同社提供「ミュージック・インシュアランス ~音楽は心の保険~」のDJを務める。2018年5月から第一生命提供「ライフスタイル・レシピ」とタイトルが変更、現在もDJを務める。2022年8月よりポッドキャスト〈Voicy〉で「岩田由記夫のつれづれ音楽」のDJを務める。