〈ブラジリアングルーヴマスター〉と呼ばれる音楽家、エヂ・モッタ。スティーリー・ダンなど往年のAORへの傾倒、山下達郎や大貫妙子をはじめ日本のシティポップへの愛情を隠さない彼が、5年ぶりの新作『Behind The Tea Chronicles』を完成させた。Mikikiはこれを記念して、彼の音楽を愛するミュージシャンや音楽評論家、識者など10名に〈エヂ・モッタと私〉というテーマのコメントを依頼した。エヂ・モッタへの愛を届けるのと同時に彼の作品を聴く際の優れたガイドにもなったので、ぜひ最後まで楽しんでほしい(掲載は50音順)。 *Mikiki編集部

ED MOTTA 『Behind The Tea Chronicles』 MPS/Pヴァイン(2023)

 

イハラカンタロウ

自分がエヂ・モッタの音楽に初めて触れたのは2013年リリースのアルバム、『AOR』でした。内容を聴く前は〈タイトルがAORとはなかなか〉などと怪訝な気持ちで聴き初めたのですが、それは正に名前負けを知らない豪傑作な『AOR』でありました。そこから彼の音楽の虜になっておりますが、“Windy Lady”の素晴らしいカバーに感銘を受けたり(YouTubeで今でも観れます)、Instagramで自分のアルバムのプロモーション動画にコメントをくださったりと、心に縁深く印象が残っているミュージシャンの1人です。

新作『Behind The Tea Chronicles』もとても楽しく拝聴しました。

まず一聴すると、かなりプロダクションに凝ったサウンド志向なフュージョン・アプローチという印象を受けますが、何度も聴いている内にパーカッションの絶妙なズレや楽器のタメなど、音符の縦を意識し過ぎないようにしている印象を受けました。

そういった良い意味での〈ズレ〉というのは、殊更自分の好きな年代の音楽で言えば70〜80年代のアナログかつ人力な録音から生まれた副産物であるかと考えておりますが、DTM全盛時代の昨今、録り直しは容易ですし、時間的な制約があったとしてもソフト上でオーディオデータの切り貼りが可能ですので、彼はそういった〈ズレ〉を敢えて加えているのではないかと思います。それはファッションでいう〈外し〉であったり、フィルム映像における〈味〉のような、物事に遊びを持たせることと似ていると感じました。それからM-5、7、10など、猛者的AORリスナーでなくとも通して聴いた時にお腹いっぱいにならないよう、ベクトルを変えた楽曲が並んでいるのも本当に素晴らしいです。特に“Of Good Strain”、暗めのワルツという珍しいアレンジが彼の声とマッチしていて素敵です。

そういったクレバーな工夫の数々が、一見豪華で難解なフージョンに感じるこのアルバムを、素晴らしいポップス作品に仕上げているのではないかと思います。

また冒頭で挙げた『AOR』然り、今回のアルバムもアウトロにインプロビゼーション(ゴリゴリの書き譜かも知れませんが)的なアプローチがあるのも自分のようなサウンドを楽しみたい者にとっては嬉しく、親近感が沸きます。こういうアウトロ、僕だったら怖くて絶対フェードアウトにしてしまうのですが(そしてライブで演りづらくなる)、彼は楽曲にしっかりと末尾をつけていて、やはり尊敬します。

PROFILE: イハラカンタロウ
92年生まれ。70年代以降のソウル〜AORやシティポップの系譜を踏襲したメロウなフィーリングにグルーヴィーなサウンドで作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまでを手がけるミュージシャン。都内でのライブでキャリアを積み、2020年4月にファーストアルバム『C』を発表。琴線に触れるメロディ、洗練されたアレンジやコードワークといったソングライティングが注目を集める。同年12月にシングル『gypsy / rhapsody』、2022年2月にシングル『I Love You / You Are Right』をリリース。サウスロンドンのプロデューサー、edblのリミックスを収録したシングル“つむぐように(Twiny)”は多くのラジオ局でパワープレイされ高い評価を受ける。ラジオや音楽メディアでの解説、ミュージックセレクターとしてのDJバーへの出演、プレイリストのセレクターなど音楽への深い造詣によるマルチな活動も行なっている。2023年2月にシングル“I Love You (DJ Mitsu The Beats Remix)”をリリース、4月にセカンドアルバム『Portray』をリリースした。

 

岩田由記夫

エルヴィス・プレスリーからリアルタイムでロックを聴き続けて来た。1960年代中期、ロックというジャンルが一般的になった。そして1970年代、ロックはジャンルが細分化されていった。1970年代後期頃からAORというジャンルが定着した。AOR~アダルトな方向性を持ったロック。正直言って最初は軟弱化したロックとしか思えなかった。それが聴き込んでいくうちにロックがコンテンポラリー化するのはある意味必然で耳馴染んできた。1980年代中期以降はAORは絶滅危惧種かと思えたが21世紀になると北欧を中心としてヨーロッパ中で人気が再燃した。それはデジタル・サウンドやヒップホップへのアンチテーゼとも思えた。

そしてインターネットの爆発的普及はミュージシャン達のAOR再発見に貢献した。AORをヨットロックと呼び始めたり、日本のシティポップも世界中から熱い視線を浴びるようになった。

エヂ・モッタの存在を知ったのは約20年前にさかのぼる。AORのコレクターともいうべき彼の生活から生まれる音楽は現代のAORそのものだ。ただAORを模倣するだけでなく素晴らしいメロディーとブラジリアンらしい味付けはエヂ・モッタならではの独自な世界を生んでいる。彼の名が広まるにつれインコグニートのブルーイや名ギタリスト、デヴィッド・T・ウォーカーなどとも共演するようになった。

もはやエヂ・モッタは新世代のAOR~ヨットロックの中心的存在になった。心地よくて聴くとホッとする。そして爽やか。エヂ・モッタは現代のAORシーンの巨匠と呼んでも差し支えないと思う。

PROFILE: 岩田由記夫
音楽/オーディオ評論家・音楽プロデューサー・音楽アドバイザー。1950年、東京都大田区生まれ。70年代から文筆活動に入り多数の雑誌に寄稿。FMラジオの制作プロデュース、欧州メーカーのアドバイザーも務めた。フィリップス、徳間ジャパンの顧問、音楽プロデューサーとしても活動。80年代からラジオDJとして各局でDJを務める。JFN「FMウィークエンド・スペシャル」は約15年の長寿番組に。NHK-FMでは開局30周年記念番組、20世紀最後の放送などの特別番組でDJを担当。三菱自動車などの宣伝アドバイザーとしてFM番組をプロデュース、25か国以上を取材し、英米アーティストのCD制作なども行った。90年代からオーディオ評論も開始。第一興商ルーツ・ミュージック・プロジェクトのプロデューサーを2005年まで務めた。同時期、スカイパーフェクトTV「フォーク&ロック・マスターズ」のプロデュース、番組司会、構成を担当。2008年よりdateFM「ROCK&POPS」のDJを1年半担当。2008年6月に北海道大学医学部にて〈終末医療と音楽の関係〉というタイトルで、2009年に仙台パルコにて日本のロックについて講演。2013年4月から第一生命の広告部宣伝アドバイザーおよびbayfm78にて同社提供「ミュージック・インシュアランス ~音楽は心の保険~」のDJを務める。2018年5月から第一生命提供「ライフスタイル・レシピ」とタイトルが変更、現在もDJを務める。2022年8月よりポッドキャスト〈Voicy〉で「岩田由記夫のつれづれ音楽」のDJを務める。

 

金澤寿和

エヂと自分の関係は、アーティストと音楽ライターというよりも、海を越えた〈同好の士〉というべきものだと思っています。アルバム『AOR』が完成した時は、SNSを通じて突然エヂからメッセージが届き、「AORのアルバムを作ったから、是非あなたに聞いて欲しい」と、英語盤とポルトガル語盤が送られてきました。AORとシティポップのフリークで、レコード・コレクターでもある彼は、遠いブラジルから自分の執筆活動やブログ、SNSをチェックしていたらしいのです。かくいう自分も、エヂの日本デビュー盤『パーティー・マニュアル VOL.1』(97年)の担当ディレクターが友人だったことから、彼のアルバムを早くに聴いていて、〈ブラジルにも好きモノの面白いヤツがいるんだな〉と。インコグニートとの来日などは情報として知っていたものの、しばらくニュースが途絶えていたので、この直のメッセージにはビックリ。でも届いたCDを聴いて、スティーリー・ダンにリスペクトを示した内容とクオリティの高さに強い感銘を受け、時々メールで情報交換する間柄になリました。

デヴィッド・T・ウォーカーとの共演や、山下達郎“Windy Lady”の日本語カヴァーが話題になった2013年の再来日公演には、もちろん自分も足を運んでいます。すると、ステージに上がる直前のエヂが目ざとく自分を発見し、「トシか!?」と巨漢で包むようなビッグ・ハグ。ステージ上からも「今日は日本のAOR Samurai、トシ・カナザワが来てる」と紹介される始末で……。終演後はバックステージでマニア話に花が咲き、翌日だったか翌々日だったか、もう一回ブルーノートへ。ちょうど発刊間際だった著者監修ディスクガイド「Light Mellow 和モノ Special」をお土産に手渡しました。海外でシティポップに火が付く数年前、ベストセラーを記録するそのディスクガイドを手にした最初の外国人は、実はエヂだったのです。

その後もず〜っと彼のCD解説に指名され、今回の新作『Behind The Tea Chronicles』のライナーも担当。個人的にはどうしても『AOR』への思い入れが強いけれど、新作も充分にエヂらしい濃厚仕上がりで大いに満足。今はこのアルバムを引っ提げての、10年ぶりの来日を心待ちにしています。スケジュールさえ合えば、エヂと一緒に中古レコード屋巡りにでも行きたいなぁ〜。

PROFILE: 金澤寿和
AOR、シティポップを中心に、ロック、ソウル、ジャズ・フュージョンなど、70〜80年代の都会派サウンドに愛情を注ぐ音楽ライター。CD解説や音楽専門誌への執筆の傍ら、邦・洋Light Mellowシリーズほか再発シリーズの監修、コンピレーションCDの選曲などを多数手掛けている。現在、ライフワークである洋楽AORのディスクガイド「AOR Light Mellow Premium」シリーズが進行中。ほぼ毎日更新のブログはhttp://lightmellow.livedoor.biz

 

栗本 斉

もう20年近く前のことだが、ブラジルのクリチバという美しくオシャレな街で彼のライヴを観た。とてもオシャレなクラブ風のライヴスポットで、DJがかけるレコードも踊っているお客さんもみんなオシャレだった。そんなオシャレ三昧のステージに突如おでこに汗を光らせながら登場したエヂ・モッタ! 最初は大丈夫なのか?と思ったが、凄腕のバンドをバックに歌い演奏する彼の音楽はグルーヴィーかつメロウ、そしてとことんオシャレだった。そして新作『Behind The Tea Chronicles』を聴けばわかる通り、いまだにオシャレな音楽を奏で続けているのがすごい。いつまでもオシャレを貫き通し、僕たちを心地好くオシャレ気分にしてほしいと思う。

PROFILE: 栗本 斉
音楽と旅のライター、選曲家。70年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に「ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖」(毎日コミュニケーションズ)、「アルゼンチン音楽手帖」(DU BOOKS)、共著に「喫茶ロック」(ソニー・マガジンズ)、「Light Mellow 和モノ Special」(ラトルズ)などがある。2022年2月に上梓した「「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!」(星海社新書)が話題を呼び各メディアに出演。最新刊は2023年9月に発表した「「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!」(星海社新書)。 https://lit.link/hkurimoto

 

シンリズム

初めてEd Mottaを知ったのは名盤『AOR』から。

大抵この辺りのアーティストは父親が知っており、教えてもらって知るという事ばかりだったので自分で発見し嬉しかったのを覚えています。

洗練されたサウンドやアレンジ、一聴してすぐに夢中に。

“Simple Guy”“Smile”“1978”など今も変わらず大好きな曲ばかりで、特に“Smile”はキャッチーかつクールなベースラインに複雑なテンションが見えるホーンと〈いつかこんな曲を作ってみたい!〉と思う要素が詰め込まれた楽曲でした。

ニューアルバム『Behind The Tea Chronicles』は更にそのサウンドスケールが大きくなっており、1曲目“Newsroom Costumers”のストリングスと木琴の組み合わせが何とも印象的な楽曲から始まり最後まで隙の一切無い流石の名盤っぷり。

個人的には今作はギターソロが多いのも嬉しい。
João Oliveiraの名演が光る箇所が何度も出てきます。

Ed Mottaは僕にとって永遠の憧れであり、こうなりたい!をいくつも魅せてくれる音楽家です。

PROFILE: シンリズム
本名:新 理澄(シン リズム)。97年7月17日、兵庫県神戸市出身。高校1年生時に作りためた楽曲をSoundCloudに公開するとネット上で話題を呼んだ。2015年4月にリリースした7インチシングル“心理の森”が全国ラジオ33局でヘビーローテーション(パワープレイ)された。これまでに2枚のアルバム(CD)と数枚のシングル(アナログ盤)をリリース。ソロ作品以外にCMソングやラジオのジングル制作、楽曲提供や管弦楽編曲もこなす。ライブツアーでのサポートなど演奏でも積極的に活動中。

 

冨田ラボ(冨田恵一)

2014年、書籍「ナイトフライ」刊行に際してその宣伝をX(旧ツイッター)や Facebookでしていたところ、エヂ・モッタさんから反応があった。興味を持ってくれたようなので〈日本語だけど送るよ〉〈楽しみにしてる〉みたいなやりとりをした。その頃僕はモッタさんの音楽を既に知っていて、スティーリー・ダン・インスパイアドな瞬間も多い良質A.O.Rとのイメージを持っていた。書籍の件は〈まだ来ないよ~〉〈あれ~〉みたいな期間があったが、住所が違っただかよく間違えられるんだったかで、とにかく無事に到着した。〈日本語が読めればな~〉みたいに言っていたけど、電子版なら自動翻訳できるのだろうか。

あれからそろそろ10年、モッタさんの新譜からは繊細さゆえのダイナミズムが聴こえてくる。変わらぬ密度を保っていてくれて嬉しい。1曲目のイントロ、いきなりオーケストラルな音場にシロフォンが絡んできて、現音というよりザッパを想起しましたよ。

いつか会える日を楽しみにしています!

PROFILE: 冨田ラボ(冨田恵一)
音楽家、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。冨田ラボとして今までに7枚のアルバムを発表。音楽プロデューサーとして多くのアーティストに楽曲を提供、数々のヒット作に関わるほか、初の音楽書「ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-」が横浜国立大学の入学試験問題に引用された。曲が出来ていく工程をオーディエンスの前で披露する〈作編曲SHOW〉の開催、Red Bull Music Academyでレクチャーも行うなど、耳の肥えた音楽ファンを中心に圧倒的な支持を得るポップス界のマエストロ。活動20年目となる2022年に約3年ぶりのオリジナルアルバム『7+』をリリース、20周年を彩る豪華アーティスト20名が参加。2023年、冨田ラボとしての活動が満20年を迎え6月21日に記念アルバム『冨田ラボ / 冨田恵一 WORKS BEST 2 〜beautiful songs to remember〜』をリリース。プロデュースした多くのアーティストの楽曲、冨田ラボ名義の楽曲に加え冨田ラボの新曲も収録。11月3日には3枚組LPとしてもリリース。

RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS 『冨田ラボ / 冨田恵一 WORKS BEST 2 ~beautiful songs to remember~』 スピードスター(2023)

 

高橋芳朗

ちょうど2年ほど前の2021年11月3日、TOKYO FMの特別番組「竹内まりや RADIO Turntable」に出演する栄誉に浴したのですが、竹内さんに〈日本のシティポップの影響を受けた世界のアーティスト〉をプレゼンするという使命を受けた僕が一曲目に選んだのは、エヂ・モッタの“Ondas Sonoras”でした。2013年リリースの名作『AOR』の収録曲です。

この文脈でエヂを重要なトップバッターに決めたのは(ボズ・スキャッグス“Lowdown”をオマージュしたような“Ondas Sonoras”がつかみとしてばっちりだろうと思ったのも理由のひとつではありますが)他でもなく、まだリバイバルが本格化する前、早い段階から日本のシティポップの良さを広く世界に伝えようとしていた先駆的存在である彼に敬意を表してのことでした。

エヂが「Wax Poetics」の企画で公開したDJミックス〈The AOR Mix〉で松下誠さん“First Light”や大貫妙子さん“Summer Connection”を紹介したのは2014年初頭。のちに世界規模でブームを巻き起こすことになる竹内さんの“Plastic Love”が非公式にYouTubeにアップロードされたのは2017年7月、テレビ東京「YOUは何しに日本へ?」にてアメリカからはるばる大貫さん『Sunshower』のアナログを探しにきた青年が話題を集めたのが2017年8月です。

エヂの前作『Criterion Of The Senses』から5年。シティポップを取り巻く喧噪もひと段落を迎えたなか、このタイミングでの新作リリースは彼の功績や音楽的魅力に改めて向き合う絶好の機会なのではないでしょうか。キャリアを集大成するようなアルバム『Behind The Tea Chronicles』の仕上がりからしても申し分なし。もしここからラジオでオンエアするならば、隠しきれないスティーリー・ダン愛があふれ出る“Gaslighting Nancy”と“Quatermass Has Told Us”あたりだろうか、と考えています。

PROFILE: 高橋芳朗
東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は「マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考」「新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座」「ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック」など。ラジオの出演/選曲はTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」「アフター6ジャンクション」「金曜ボイスログ」など。

 

中原 仁

17歳で発表したファースト・アルバムの『Manuel』でエヂ・モッタの音楽にハマり、以来35年、ずっと聴き続けてきた。2000年、リオで知り合った時に「日本に行ってコンサートをやりたいけど、日本でレコードを買いまくるのが夢なんだ。それと、トロを腹一杯食べたい」と話していたエヂ。2003年に初来日した時、僕の事務所の留守番電話に「今、大阪だ。早く東京に行って、日本のジャズのレコードを買いたい(ジャズメンの名前をスラスラと十数人、連呼)。どこの店がいちばん揃ってるか教えてくれ」との長ーいメッセージが吹きこまれていた。

2012年、リオのエヂ宅を訪問した際、数万枚のレコード・コレクションの中から自慢げに取り出したブラジル音楽の激レア盤を聴き、和ジャズの話題で盛り上がり、録音を終えたばかりの新作『AOR』のラフミックスを聴かせてもらっていたら「最近は日本のAORも聴いてる」と言って山下達郎、吉田美奈子らのレコードを次々に取り出してきたので、この種の音楽が日本ではシティポップと呼ばれていることを教えた。エヂがPCのYouTubeを開いて「これ、スゴく好きなんだけどレコードが手に入らない」と言ったのが、大貫妙子の『サンシャワー』。エヂと共演したことがある坂本龍一(Morelenbaum2/Sakamotoのアルバム『Casa』にエヂが1曲ゲスト参加)が音楽監督をつとめたアルバムであることを伝え、この日の話をFacebookに書いたら、坂本教授が速攻でアツいコメントを書きこんでくれた。

2013年、『AOR』リリース後の来日公演でエヂが山下達郎の“Windy Lady”を歌ったのにはビックリ、大感動。日本でシティポップ・ブームが始まる数年前から、地球の反対側でシティポップを聴きまくっていたエヂの先見の明、さすがと言わざるを得ない。

全曲、自ら作詞作曲した『Behind The Tea Chronicles』には、ソウル、ブルース、ジャズ、スティーリー・ダン、ブロードウェイ・ミュージカルや映画音楽、そしてブラジル音楽などの、エヂのマルチな音楽性が詰まっている。映画に対する愛と情熱もうかがえる。レコードだけでなくワインと茶のコレクターで、美味しいものに目がない美食家の趣味人、エヂ・モッタが腕によりをかけた、音楽の晩餐会だ。

PROFILE: 中原 仁
1954年、横浜生まれ。放送・音楽プロデューサー/選曲家。J-WAVEの人気FM番組「サウージ!サウダージ」を88年から35年間プロデュース中。85年から約50回ブラジルに通い現地録音のCD制作(約15枚)、山下洋輔、東京スカパラダイスオーケストラのブラジル公演制作にも従事。制作に関わったCDはブラジル音楽からジャズ、J-Popまで50枚以上、選曲したコンピレーションCDは60枚以上。空間BGMの選曲、小野リサなどのコンサートの企画プロデュース、ステージ構成/演出、DJ、司会、カルチャーセンター講師も務める。「21世紀ブラジル音楽ガイド」(Pヴァイン、2018年)を監修。共著書に「リオデジャネイロという生き方」(双葉社、2016年)、編著に「ブラジリアン・ミュージック」「ブラジリアン・ミュージック2001」(共に音楽之友社)がある。最新著書は「ブラジリアン・ミュージック200」(アルテスパプリッシング、2022年)。

 

福田直木

エヂ・モッタの音楽との出会いは、ちょうど10年前の2013年だった。

有り余る時間と僅かなアルバイト代を注ぎ込み、何かに取り憑かれたかのようにAORを聴き漁っていた大学生の私にとって、その名も『AOR』と題されたアルバムを見過ごすわけにはいかなかった。

CDショップの試聴機で“Smile”のイントロを聴いた瞬間の興奮は、今でも脳裏に焼きついている。70〜80年代のAOR、とりわけスティーリー・ダンの方法論を咀嚼し、その方法論を自己表現に繋げようとする姿勢は、当時好んで聴いていたSmooth Reunion、State Cows、The Norwegian Fordsら北欧のアーティストや、日本では冨田恵一さんにも通ずるところがあると感じていた。好きな音楽への愛を隠すことなく、楽曲に鏤めていく彼らのスタイルは、DTMをかじっていた当時の私にとって、〈自分もこういう音楽を作ってみたい〉という大きなモチベーションになった。

新作『Behind The Tea Chronicles』では、9曲目の“Deluxe Refuge”がお気に入りだ。2分近くも執拗にリフを繰り返し、聴き手が飽きてくるタイミングを見計らったように鮮やかなコード進行を挿入する〈エロさ〉は、ドナルド・フェイゲンではなく、ウォルター・ベッカー的だと思った。『Aja』のような名盤の貫禄を身に纏った今作は、秋のヘビロテ間違いなし!

PROFILE: 福田直木
92年生まれ。東京都渋谷区出身。幼少期からピアノやドラムに触れ、AORやフュージョンをはじめとする親世代の音楽に親しんで育つ。井上薫とのユニット、ブルー・ペパーズではアルバム『Retroactive』(2017年)、『SYMPHONY』(2021年)を発表。個人としても杉山清貴らに楽曲提供を行うほか、「AOR Light Mellow Premium」(シンコーミュージック)、「シティ・ソウル ディスクガイド」(DU BOOKS)などで執筆活動も精力的に行っている。

 

渡辺 亨

エヂ・モッタが自分のバンドを率いつつ、ギタリストのデヴィッド・T.ウォーカーをスペシャル・ゲストとして招いた来日公演を行なったのは、今からちょうど10年前のこと。デヴィッド・T.ウォーカーは、当時のエヂ・モッタの最新作『AOR』に参加していた。だから両者は、2013年10月17日から19日にかけて、BLUE NOTE TOKYOで共演したのだが、エヂ・モッタとデヴィッド・T.ウォーカーが、実際に顔を合わせたのは、来日時が初めてだったという。つまり『AOR』は、ブラジルと米国の間で録音ファイルをやり取りしながら作ったアルバムで、同じスタジオで一緒に演奏したわけではなかった。がしかし、エヂ・モッタは、デヴィッド・T.ウォーカーのキャリアを、マニアのレベルで熟知しているミュージシャン。よって『AOR』でのT.ウォーカーの演奏は、あたかもパズルにぴったり合うピースのようだった。

ただし、僕が観たBLUE NOTE TOKYOでの公演で生まれた両者の化学反応は、『AOR』以上の、予想を超えるものだった。ひとことで言うと、百戦錬磨のギタリストであるデヴィッド・T.ウォーカーは、エヂ・モッタの意図を超えるグルーヴィーな演奏を繰り広げたのだ。そのとき、エヂ・モッタが、T.ウォーカーのファンとしての冥利に尽きるという表情を浮かべたことを、僕は鮮明に記憶している。そして今、僕は『Behind The Tea Chronicles』を聞きながら、あの来日公演のことを思い出しつつ、エヂ・モッタの、いわばスティーリー・ダン教信者としての変わらぬ姿に感心している。なにしろ一曲目の“Newsroom Costumers”からして、まるでスティーリー・ダンがヨーロッパでアルトゥール・ヴェロカイのストリングス・アレンジに出会ったような曲なのだから。

PROFILE: 渡辺 亨
音楽評論家。著書に「音楽の架け橋 快適音楽ディスク・ガイド」、「プリファブ・スプラウトの音楽」、「女性シンガー・ソングライターの系譜」など。99年4月から放送が開始されたNHK-FM「世界の快適音楽セレクション」の第一回からレギュラーで選曲および出演。その他、さまざまな雑誌やウェブメディアで音楽や映画等に関する原稿を執筆したり、ラジオ等に出演しています。

 


RELEASE INFORMATION

ED MOTTA 『Behind The Tea Chronicles』 MPS/Pヴァイン(2023)

リリース日:2023年10月20日(金)
フォーマット:CD/LP/DIGITAL

■CD
品番:PCD-25368
価格:2,750円(税込)
日本語解説/歌詞対訳付
Order (CD) / Streaming:https://p-vine.lnk.to/OUTiEl

■LP
品番:PLP-7676
価格:4,620円(税込)
日本語解説/歌詞対訳付
Order (LP):https://p-vine.lnk.to/cmSBq3

TRACKLIST
1. Newsroom Costumers
2. Slumberland
3. Safely Far
4. Gaslighting Nancy
5. Of Good Strain
6. Quatermass Has Told Us
7. Buddy Longway
8. Shot In The Park
9. Deluxe Refuge
10. Tolerance On High Street
11. Confere’s Exile

LP SIDE A: M1-M5 / SIDE B: M6-M10

■Musician
Ed Motta (Vocal / A. Piano and more)
Sergio Mello (Drums)
Alberto Continentino (Bass)
Michel Limma (Rhodes / A. Piano)
João Oliveira (Guitar)
Paulette McWilliams (Backup Vocals)
Phillip Ingram (Backup Vocals)
Kris Johnson (Trumpet, Flugelhorn)
Rafael Leafar (Alto Sax, Flute)
FILMharmonic Orchestra (Strings) and more

Produced, Composed & Arranged By Ed Motta

 


PROFILE: ED MOTTA
71年8月17日生まれ、ブラジル/リオデジャネイロ出身のミュージシャン。ブラジリアンファンクの大御所Tim Maiaを叔父に持ち、ロック、ブルース、ソウル、ファンク、ジャズ、クラシックと幼少時代から幅広い音楽に慣れ親しむことで音楽的な才能を開花、弱冠17歳にしてブラジルのワーナー・ミュージックよりリリースしたデビュー作『Ed Motta & Conexão Japeri』(88年)はMPBをベースにしたアーバンソウル〜ブギーファンクの名盤として高い評価を得ている。以降も創作意欲は衰えを知らず2023年までに13作のスタジオアルバム、さらには数多くのサウンドトラックや舞台音楽を手がけるなどコンポーザー、プロデューサーとしても活躍し、ロイ・エアーズ、チューチョ・バルデース、ブルーイ(インコグニート)、坂本龍一、パトリース・ラッシェン、ヒューバート・ロウズ、バーナード・パーディ、ジョアン・ドナート、ドン・サルヴァドール、グレッグ・フィリンゲインズといった世界各国のアーティストともコラボレーションを行うなど、ブラジル国内および南米のみならず北米、ヨーロッパ、日本とワールドワイドに活動の幅を拡げている。近年では2013年に発表した『AOR』を筆頭に『Perpetual Gateways』(2016年)、『Criterion Of The Senses』(2018年)といった一連の作品で現在進行形のAOR〜アーバンメロウなサウンドを披露し新しい世代のリスナーも獲得、また膨大なレコードを所有するコレクターとしても知られており、ブラジルのAOR、ブギーファンクのコンピレーション監修やシティポップにも造詣が深いことから日本国内のTV番組にコメントを寄せるなど、ミュージシャン以外の活動も幅広く行っている。2023年10月に最新アルバム『Behind The Tea Chronicles』をリリース。