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2021年~現在:プロデューサーとしての躍進とJ-Popへの接近

そして、A.G.クックは2022年にはビヨンセの『RENAISSANCE』収録の“ALL UP IN YOUR MIND”に参加。2023年にはトロイ・シヴァン『Something To Give Each Other』やキャロライン・ポラチェック『Desire, I Want To Turn Into You』に関わるなど、着実にプロデューサー/ソングライターとしてのキャリアを重ねている。

だが、近年の彼の活動の中でも特に重要なのがJ-Popへの接近である。その最初の取り組みとなったのが、宇多田ヒカル“One Last Kiss”(2021年)のプロデュースだ(実際は宇多田との共同プロデュース)。宇多田はDazedのインタビューにてA.G.クックとの共同作業を「まるで、私が建てた粗末な家に素晴らしいインテリアデザイナーを雇ったような感じだった」と振り返っているが、煌めくようなシンセサイザーの音色と、様々な形の針の先端をほんのわずか皮膚にかすめていくようなリズムトラックの合間で、歌声と吐息を通してとめどなく流れゆく感情の流れが反復とともに輝きを増していく“One Last Kiss”は、まさにA.G.クックの手腕を強く感じさせる。

また、A.G.クックは先日リリースされた藤井 風の新曲“花”のプロデュースも手掛けており、J-Popの先端を行く2人のアーティストとタッグを組んだ実績は、彼の今後のキャリアをさらに豊かにしていくに違いない。

宇多田ヒカル 『One Last Kiss』 エピック(2021)

PC Musicを立ち上げたばかりの2013年のインタビューでも、自身の影響源の1つとしてJ-Popを挙げ、冒頭で紹介したLOGOでのプロジェクトでも「小悪魔ageha」のような日本のギャル系ファッション誌の美学をベースとしたと語るA.G.クック。そうした影響源があったのならば、近年の日本のアーティストとのコラボレーションはある種の必然だったのではないだろうか。

特に、宇多田ヒカルや藤井 風といった〈声の響き〉に重きを置いた人物と組むところに、とてもA.G.クックらしさを感じる。彼の作品は、機械的な表現と人間的な表現が一体となった空間が構築されているが、だからこそ、人間の存在をよりリアルに感じさせるものでもある。だからこそ、“One Last Kiss”や“花”を聴くと、瞬く間にそのサウンドと歌声に深く魅了されるのかもしれない。

PC Musicは2023年で新譜のリリースを終了するという、実質上の終焉の時を迎えるのだが、A.G.クックがあらゆる表現において安定を好まないことを考えると自然な帰結だろう。それはつまり、これからもA.G.クックは私たちを驚かせてくれるということだ。