21年ぶりのソロ作品を発表!
最新作『i/o』は最高傑作かもしれない!
このピーター・ガブリエルの最新作は彼のソロ・アルバムの最高傑作かもしれない。彼は僕にとって最も影響を受けたアーティストだ。最初は作詞家、ストーリー・テラーとして。彼が手掛けたジェネシスの『ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ』は20世紀最大の音楽劇の一つだ。ベルクの「ルル」やドビュッシーのオペラと並んで歴史に残ると僕は思っている。彼はこの物語を「エル・トポ」で知られるホドロフスキー監督によって映画化するつもりだったが、予算が集まらなかった。芸術的で商業的な成功は難しいと思われた。彼の最初のソロでは、ユングの心理学の理論に基づいた物語の曲を発表し始めた。4枚目のソロは最も実験的なアルバムだった。この頃、彼はWOMADという世界音楽祭を始めた。自分のお金を全てそこにつげ込んだために多額の借金を抱えてしまった。5枚目のソロ『So』は全米チャート1位に入った曲を含み、その後は、しばらくメジャーのロック・アーチストとしての活動が目立った。昔のような芸術のための作品を作って行くだろうかと心配した。
『i/o』は21年ぶりのソロ。130曲以上のアイディアから12曲を選んでいる。固体の世界の融解によって、〈変化は急速に訪れている〉と歌う曲“Olive Tree”。これはテクノロジーによって、人間の脳の思考が映像として見えるようになり、動物や他の生き物とのコミュニケーションも可能になるかもしれないことを歌っている。1曲目“Panapticom”のタイトルはジェレミー・ベンサムが1791年に考案した監視システム〈パノプティコン〉の言葉にcommunicationのコムを与えて作った新しい言葉。近年欧米で流行っている哲学思想家ハン・ビョンチョルの本に、現在はデジタル・パナプティコンになって来ていることが書かれていが、ガブリエルは国に監視されるのではなく、逆に人々が権力をモニターできる新しいツールが作れる可能性について歌う。人々と自然界のつながりをテーマにしてガブリエルはテクノロジーを恐れる人々にオプティミズムを与えたいと思っている。それはユートピアでもディストピアでもなく、進化して行くエヴォトピアだと彼は言う。
17世紀の哲学者スピノザは、全ての物事は他の全てのものに関係し、影響を受けていると考えた。全てが一つの大きな秩序あるエコシステム(生態系)の一部であることを語ったが、この考え方との共通点を感じさせる。
彼やブライアン・イーノは昔から古来の伝統文化と同時に新しいテクノロジーに目に向けている。今回のアルバムにはポップなブライト・サイド・ミックスとより細かいダーク・サイド・ミックス、そしてドルビー・アトモスによるサラウンド・ミックスが三通りがCDセットに含まれている。イーノのサウンド・デザインによる音楽とプロダクションは、ドルビー・アトモスでのミックスでより生き生きとしている。
更に今回、彼はStability AIとパートナーシップを組み、Diffuse Togetherと題したAIを使って、彼の曲をアニメーション化するコンペティションを開始していた。AIの可能性も探っているわけだが同時に彼は、AIのアプリケーションの倫理とリスクを検討する間、AIの開発を一時停止するよう求める請願書に署名した。これはテクノロジーの良い面だけではなく、その危険性も十分検討しながら使っている証拠である。流通の方法も新しい。毎月の満月に新しい曲を1曲Bandcampのサイトで1月から発表して来た。そして、12月にやっと12曲のCDが完成したというわけだ。
ガブリエルはWOMADフェスで世界中の美術家を紹介するためにアーティスト・イン・レジデンスのプログラムを始めた。カメルーン生まれのバルトロメイ・トグオもこの企画でWOMADに来て、今回ガブリエルの新作の曲のための絵を提供した。世界の画家に、彼の曲を1曲描かせるプロジェクトもやっている。ツアーをした時、1曲ごとのアートがスクリーンに映し出されていた。これらの美術家は国際的に知られている中国の現代美術家/建築家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)、フランスのアネット・メサジェ、デンマーク生まれのアイスランド系の芸術家オラファー・エリアソンの作品、英国のコーネリア・パーカーから若い美術家の作品が含まれている。
アイ・ウェイウェイはイーノとガブリエルの共同プロデュースの曲、“Road To Joy”に「ピンク色の中指」という絵を提供した。中指はファック・ユーのサイン。この曲は、昏睡状態にある人が、全く動かない時間が続いた後、生き返ることを歌っている。ガブリエルによれば、この絵は昏睡状態から目覚めた男が死の状態に対して指を差し出すこと示している。権力に対しての中指だけではなく、未来へのオプティミズムの可能性についてのメタファである。
ガブリエルは次のプロジェクトは、一つの物語に基づいた新しい作品になると語っている。彼がストーリーを手掛けた『ザ・ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ』から来年で50年になるが、やっと新しい音楽劇が実現できるだろうか? 楽しみだ!
Peter Gabriel
ピーター・ガブリエルが初めて世界でその名を知られるようになったのは、彼がジェネシスで活動していた時である。ガブリエルが仲間とジェネシスを結成したのは、彼がまだ中高生の頃だった。1975年にジェネシスを脱退した後は、7枚のスタジオ・アルバムの他、「バーディー」や「パッション – 最後の誘惑」、そして「裸足の1500マイル」といった映画のサントラを制作。その他にもライヴ盤やコンピレーション・アルバムを多数リリースしている。 幅広い音楽活動を行っている彼は、グラミー賞も複数回受賞。また現在世界的に有名な存在となっているウォーマッド・フェスティバルの創始者も、ガブリエルである。ピーター・ガブリエルは1989年、人権団体〈ウィットネス〉(Witness.org)を共同で設立。また、2007年にネルソン・マンデラ氏によって発足した〈エルダース(theelders.org)〉は、ピーター・ガブリエルがリチャード・ブランソン卿と設立した団体である。また2006年、ノーベル平和賞受賞者のサミットにおいて、名誉ある〈マン・オブ・ピース〉(平和に貢献した人)の称号を授与された。その他にも彼は、多方面に亘るクリエイティヴな産業において、技術面を主とする様々なビジネスに携わっている。
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