莫大なレコードと人気アーティストに囲まれたこの男は誰?
このたび登場したエヴリシング・イズ・レコーデッド名義の『Everything Is Recorded By Richard Russell』は、現在46歳のリチャード・ラッセルにとって初のアルバム。だが、音楽業界における彼のキャリアは年月では測れないほど輝かしい。リチャードこそXLレコーディングスの共同創設者であり、その慧眼で我々に素晴らしい音楽を無数に届けてくれた、いくら感謝しても足りない人物だ。
EVERYTHING IS RECORDED Everything Is Recorded By Richard Russell XL/BEAT(2018)
彼が自身の作品をリリースするのは、実は今回が初めてではない。ロンドン郊外で生まれ、10代の頃からDJ活動を行ない、92年にキックス・ライク・ア・ミュール名義で12インチ『The Bouncer』を発表。全英TOP10入りを果たすのだが、すでに関わっていたXLの運営に専念することを選び、まずはプロディジーをブレイクさせると、以来、M.I.A.からアデルまでを発掘。傘下レーベルのヤング・タークスからもXXやサンファを送り出すなど、独創的なアーティストを妥協せずに育てては成功へと導いてきた。
そして8年前にプロデュース業に乗り出し、ギル・スコット・ヘロンの『I'm New Here』(2010年)とボビー・ウーマックの『The Bravest Man In The Universe』(2012年)を手掛け、2人に再評価をもたらしたのはご承知の通り。その後、ブラーのデーモン・アルバーンによるソロ作『Everyday Robots』(2014年)にも貢献したリチャードは、レーベル・オーナー兼プロデューサーとしての体験を踏まえて音楽制作に本腰を入れるべく、〈The Copper House〉なるスタジオを設立。そこで生まれた最初のアルバムがイベイーの初作『Ibeyi』(2015年)である。
「『Ibeyi』の作業を終えたところで、私たちは非常に即興性の高い、ほとんどジャズに影響されたと言っていいやり方で音楽をプレイしはじめたんだ。さまざまな人々がスタジオにやって来ては演奏するというもので、その時点ではアルバムを作る意図はなかった。とにかく複数のプロセスが関わっていたんだ。いろんな人と即興的に音楽を作ることは、目的を共にした集団としての社交的なプロセスでもあった。その一方で、自分ひとりでさまざまなサンプルや質感と取り組む側面もあった。それらのプロセスを通じて、〈一貫性のありそうな何かが浮上してきたな〉という感覚を抱いたんだよ」。
ここで言う〈さまざまな人々〉というのがまた尋常じゃない。デーモン、ブライアン・イーノ、ロスタム・バトマングリ、マーク・ロンソンなどなど。リチャードみずからも多数の楽器を操りながら、これら錚々たる面々と鳴らした膨大な量の音源を編集・加工し、サンプルを織り込んで曲を構築。さらに自分の代弁者として多数のシンガーやラッパーを招き、メロディーと声を乗せた。こちらはもっぱら若手中心。そう、『Everything Is Recorded By Richard Russell』は自身を〈コネクター〉と呼ぶ人ならではの、世代・国籍を越えるコラボ三昧で作り上げた一枚なのだ。
そんな本作に凝縮された、レゲエからレイヴまで多様なサウンドに触れてきた彼の音楽人生の核には、ソウルとR&Bへの深い愛情がある。タイムレスで温かな音色に現れた70年代ソウルの影響然り、生楽器と電子音の融合方法における80年代R&Bの影響然り。そして空間をたっぷり含んだアナログな感触は、80年代半ばのローファイなヒップホップを聴き漁ってきたこととも関係しているのだとか。過去に手掛けた音源とも通じるこうしたクォリティーが、リチャード特有の表現なのだろう。
また今回のレコーディングは彼にとって、パーソナルな感情を心の奥から引き出す作業でもあったらしい。というのも、このアルバムが満々と湛えているのは孤独感や不安感と、それを埋める〈何か〉を強く欲する気持ちだ。聞けば、5年前に難病を患った体験と、ギルの死が心に重くのしかかっていたそうで、リチャードは本作を『I'm New Here』とDNAを共有する作品とも位置付けている。
「ギルから学んだもっとも重要なことは〈正直さ〉だ。音楽は何かをパーソナルに、かつ正直に表現したものじゃないといけない。それをやれば、本物の繋がりを聴き手との間に持つ可能性が生まれる、と。それに、自分に正直になることは弱さを出すことでもあって、正直に音楽を作っていけばそこで何かを掴めると思うし、一緒に仕事をする人々に求めてきたものもそれに尽きる。フェイクはなし、だね」。 *新谷洋子
リチャード・ラッセルがプロデュース参加した作品。