ビリー・ジョエルの名盤『Piano Man』が50周年記念仕様で登場!!

 17年ぶりの新曲“Turn The Lights Back On”の発表。引退どころか、74歳にして、ビリー・ジョエルの新しい章が始まるかもしれない。先日までは思いもよらなかった状況にファンはワクワクしているはず。そんなところに、こちらは半世紀を遡って、ビリーの原点(に近いところ)に改めて耳を傾けられる特別な作品が届いた。73年の2作目で、コロムビアからの最初のアルバム『Piano Man』の50周年記念盤デラックス・エディションである。

BILLY JOEL 『ピアノ・マン 50周年記念デラックス・エディション』 ソニー(2024)

 この日本独自企画のセットは豪華な内容だ。まず、アルバム本編は、ステレオ・リマスター版と、当時本国でリリースされていたクアドラフォニック(いわゆる4チャンネル)LPのマスターをDSDマスタリングした高音質サラウンド・ミックスという2種のヴァージョンがSACDに収められた。Disc-2はレア・トラック集で、2005年のボックスセット『My Lives』に収録されていたデモ音源(『My Lives』のiTunes版のみに収録され、今回初CD化となる2曲を含む)と、72年と75年のライヴ音源で構成されている。そしてDVDは“Piano Man”のMVのめったに見られないオリジナル版とそのリメイク版、最近発掘されたデビュー作からのクリップ、そして大半が初DVD化となる8曲のライヴ映像を収録している。

 この『Piano Man』は、表題曲が全米第25位まで上がるという彼の初めてのヒットになり、それがビリーの代名詞的曲になってしまったがゆえに、〈あの名曲を収録〉という説明で終わってしまうきらいがある。ぜひともいま一度じっくり聴いてもらいたい。きっと驚くから。

 だって、幕開けの“Travelin’ Prayer”からして、饒舌なピアノ演奏に負けじと活躍するのが、バンジョーとフィドルなのだ。あの“Piano Man”だって、本人のディラン風ハーモニカに加え、アコーディオンとマンドリンが目立つ。ペダル・スティール入りの曲も複数ある。

 そう、このアルバムはカントリー・ロック色が濃く、73年という時代と当時ビリーが住んでいたLAという場所がくっきり刻まれている。その後のNYへのラヴレターのような作品とは異なり、僕らの知るビリー・ジョエルというアーティストになるまでのまだ道半ばの姿があるのだ。

 ただし、そのカントリー・ロック的なサウンドはLA録音という理由以上に、先輩〈ピアノ・マン〉のエルトン・ジョンによる70年のアルバム「Tumbleweed Connection」が明らかに青写真としてあったから。同作はエルトンがザ・バンドの音楽に心酔して、彼なりのアメリカーナな世界を描いた作品だ。後年一緒にツアーも行うエルトンから、ビリーは多くを学んだに違いない。“Ain’t No Crime”からは、エルトンも師と呼んだリオン・ラッセルにも耳を傾けていたとわかる。

 実のところ、ビリーはTV番組で「“Piano Man”はそんなにいい曲じゃない」と言ったことがある。音楽的には単純で、同じ繰り返しだからだ。それなら人気の理由は何か?と問われ、「すごくいい物語があるからね」と答えていた。

 そう、本作のもうひとつの特徴は、最初の奥さんに贈った“You’re My Home”を例外に、一人称の告白調の曲がないこと。ビリーはここで意識的に人物描写や物語歌に取り組み、曲作りの幅を広げ、技巧を磨いていたのだ。“Piano Man”にしても、前レーベルとの契約の揉めごとから逃げるようにLAに引っ越し、ラウンジでピアノを弾いて生計を立てていた境遇が元になっているが、そのピアニストは主役であると同時に狂言回しでもあって、常連客それぞれの人生を垣間見せるところが、曲の要点でもある。

 そして、ビリーに新たな契約をもたらしたのは“Piano Man”でなく、郊外に住む退廃的な中流階級の麻薬中毒者を歌った7分の大作“Captain Jack”だった。フィラデルフィアのシグマ・サウンド・スタジオでラジオ局用に演奏した親密なコンサートからの録音が流されると、たちまち〈同局史上もっともリクエストの多かった曲〉になり、その評判のおかげでコロムビアとの契約に至った。このセットではその歴史的な録音も聴ける。

 ビリーはアーティストとしてのあり方を考え、82年の『The Nylon Curtain』まで直接的に政治・社会的な曲は封印するが、この50周年記念盤にデモが収録された未完成の“So Long, Reverend Ike”は金銭欲を批判された著名なアイク牧師をはじめ、宗教団体を辛辣に風刺した曲。本国では前述のボックスセットがリリースされた際、iTunes版だけのボーナス曲という慎重な扱いで陽の目を見た。今回、これのCD化が許諾されたことはちょっとした驚きだ。

ビリー・ジョエルの『Piano Man』前後の作品。
左から、71年作『Cold Spring Harbor』、74年作『Streetlife Serenade』、76年作『Turnstiles』(すべてColumbia)

エルトン・ジョンの70年作『Tumbleweed Connection』(DJM)