ビリー・ジョエルのデビュー50周年を記念した日本独自のベスト盤『Japanese Singles Collection: Greatest Hits』がリリースされた。この作品には、75~93年に日本でリリースされたシングル39曲を、US盤7インチシングルのバージョンで発表順に収録。さらに付属のDVDには、全42曲のミュージックビデオが収められ、こちらは4曲の映像が世界初DVD化と、資料的にも価値の高いパッケージになっている。

本ベスト盤のリリースを記念して、この記事ではビリー・ジョエルを知るための10曲をまとめた。選曲/執筆は、〈ビリーは音楽を好きにさせてくれた恩人〉と語る音楽ライターの桑原シロー。ポップソング史に残る10の名曲(きっとあなたもいくつかの曲を聴いたことがあるはずだ)から、不世出のピアノマンの50年に及ぶ歩みを辿っていこう。 *Mikiki編集部

BILLY JOEL 『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』 ソニー(2021)

 

“Piano Man”(73年作『Piano Man』収録)

デビュー作『Cold Spring Harbor』(71年)が不発に終わり、鳴かず飛ばずの状態が続いていた70年代初頭のビリー。後に妻となるエリザベスと共にロサンゼルスに移り住んだ彼は、生計を立てるためビル・マーティンという名を名乗り、ナイトバーでピアノを弾く仕事を続けていた。その頃の生活をモチーフにして作られたのが、起死回生の一発となったCBS移籍第1弾アルバム『Piano Man』の表題曲。

いつもの土曜日の夜、酔っぱらった常連客たちを慰め、励ますように歌を歌ってみせるピアノマン。もちろんビリー自身がモデルなのだが、そこには失意のなかにある自分を奮い立たせようとする当時の心情も窺えて、やけにグッときてしまう。ビリーといえばコレ……といったこの初のヒットシングルはライブの定番曲となり、ハーモニカホルダーを下げて歌われる光景はいまも健在。なお全体を包むカントリーチックなテイストは、当時の西海岸音楽シーンの最新モードを反映したもの。

 

“New York State Of Mind”(邦題:ニューヨークの想い、76年作『Turnstiles』収録)

4作目『Turnstiles』(邦題:ニューヨーク物語)に収められた渾身の名バラード。やっぱり俺にはハリウッドの水は合わなかったよ……と西海岸に別れを告げ、愛するホームグラウンドへ帰還しようとするビリーの道行きを物語化したかのようなアルバムにおいて、もっとも〈想い〉が鮮明に浮かび上がってくる1曲で、語り口の巧みさなど当代きってのストーリーテラーの本領発揮的な楽曲となった。

ハドソン川沿いを散歩するのが大好きで、古いリズムアンドブルースが何よりも大好物、といったロングアイランド育ちの生粋のニューヨーカーならではの歌詞は読みごたえ満点。アーバンブルースシンガーのような風情で、じっくり慈しむように歌う様子もバッチリキマっている。ビリーのディスコグラフィーのなかでも、ほかの音楽家からのカバーの多さではトップクラス。バーブラ・ストライサンド、ジョニー・マティス、アン・バートンといったジャズ/ポピュラー系の歌手たちが好んで取り上げている。

 

“Just The Way You Are”(邦題:素顔のままで、77年作『The Stranger』収録)

全国区へ躍り出るような決定打のヒットがなかなか出ず、レーベルとの契約延長も危うくなっていた時期に巡り会ったのが、ポール・サイモンなどとの仕事で名をあげていたフィル・ラモーンであった。ビリーの持ち味を活かしながら、類まれなポップセンスをみごとに開花させてみせた彼の仕事ぶりがよくわかる1曲が、70年代のポップスシーンを代表するこのラブソングだ。

78年のグラミー賞では〈最優秀レコード賞〉と〈最優秀楽曲賞〉の主要2部門を受賞。バイヨンやボサノバのテイストを塗しつつ、10㏄のヒット曲“I’m Not In Love”(75年)風の多重コーラスをフィーチャーして、極上のメロウさを演出。完全無欠のポップソングに仕上がっているが、フィルのプロデュースがなかったならば日陰に咲く花で終わっていた可能性もあった。

そんな幸運な出会いの象徴であるこの名曲を、あまりに私的な内容だし、なんだか甘すぎて恥ずかしい、とお蔵入りさせることまで考えていたのは、誰あろう、ビリーその人。完パケを耳にしたフィービ・スノウからの、〈ダメよ~、絶対に出すべき!〉という説得もあってことなきを得たが、そういうところも実にビリーらしいと思えてならない。

 

“Scenes From An Italian Restaurant”(77年作『The Stranger』収録)

『The Stranger』のA面ラストに置かれているこの長尺曲。シングルカットはされていないがライブでも毎回盛り上がりを見せる人気曲で、またしても当代きってのストーリーテラーぶりが発揮された名演である。もともと“The Ballad Of Brenda And Eddie”という曲に次々物語を継ぎ足していったところ、最終的にこのようなメドレー形式に落ちついたというが、後に本人はビートルズ『Abbey Road』(69年)のB面にあたる、つづれおり的な組曲を作ろうと思った、と語っている。

※編集部注 “Scenes From An Italian Restaurant”では3分3秒から5分59秒のパートにあたる
 

ソロデビュー50周年を記念したアナログ盤9枚組のボックスセット『The Vinyl Collection, Volume 1』のリリースに合わせて、今年の9月に本曲のミュージックビデオが制作されている。ブレンダとエディを巡る愛おしくも切ないストーリーをチャーミングなアニメーションを用いてみごとに映像化していて、実に楽しい。