ビリー・ジョエルが歌う街の小夜曲、74年作の50周年盤が登場!
昨年1月に16年ぶりの来日が実現、さらに約17年ぶりの新曲“Turn The Lights Back On”がリリースされるという大事件も起き、久しぶりに時の人となったビリー・ジョエル。今年は生誕75周年と、サード・アルバム『Streetlife Serenade』(74年:全米35位)の50周年を記念して、同作にレアなライヴ音源などを追加した日本企画の〈50周年記念デラックス・エディション〉が登場した。
バンド活動を経て、ソロ歌手に転身した1作目『Cold Spring Harbor』(71年)はポール・マッカートニーの影響が濃厚な佳曲揃いのアルバムだったが、低調なセールスに終わる。東海岸からLAに拠点を移して心機一転、元ウィ・ファイヴのマイケル・スチュワート(シュ・シュのジェイミー・スチュワートの父)がプロデュースを担当した2作目『Piano Man』(73年:全米27位)から、タイトル曲“Piano Man”が全米25位まで上昇。その勢いに乗って、ふたたびマイケル・スチュワートとのタッグで制作されたアルバムが『Streetlife Serenade』だった。
アレンジをマイケル・オマーティアンらに外注、主にスタジオ・ミュージシャンを起用した『Piano Man』は、エルトン・ジョンやハリー・チェイピンなど、当時人気のシンガー・ソングライターたちに〈寄せた〉感じがする、ヒットを意識したアルバムだった。その路線を踏襲、引き続きスタジオ・ミュージシャンを起用するも、ギター中心のバンド・サウンドへと移行した『Streetlife Serenade』は、続く『Turnstiles』(76年)や『The Stranger』(77年)の誕生を予感させる、過渡期的で興味深いアルバムだ。
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〈50周年記念デラックス・エディション〉のDisc-1はCD/SACDのマルチハイブリッド仕様で、SACD層にはレアなクアドラフォニック・ミックス盤LPに収められていた4chミックスも収録。ステレオ・ヴァージョンとは別物の臨場感溢れるサウンドが体験できる。また、Disc-2に単独でのCD化が待ち望まれていた『Live At The Great American Music Hall, 1975』がフル収録されたのもうれしい。2021年リリースの限定アナログ盤ボックスに収められて初めて世に出た、サンフランシスコでの貴重なライヴ音源だ。
本作を語る上で見逃せないひとつ目のポイントは、タイトルが示唆する通り、ビリーのストリート・ロッカー的な側面が味わえること。前作の人気曲“Captain Jack”に代表されるリアリスティックな詞世界に、西海岸へ移ってきた〈よそ者〉としての視点が加わり、ときに辛辣に、ときにコミカルに物語を伝えていく。ビリーは翌75年にNY出身のロッカー、エリオット・マーフィーの『Night Lights』(元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのダグ・ユールやのちにトーキング・ヘッズに加わるジェリー・ハリスンが参加)に客演するが、エリオットの諧謔味溢れる作風は本作と通じるところも。“Streetlife Serenader”で印象的なギター・ソロを弾くアル・ハーツバーグはツアー・メンバーだったが、この2年後にはNYの地下ロック・シーンをキャッチしたライヴ盤『Live At CBGB’s』(76年)に、マンスターのメンバーとして参加していたりもする。
ロックンロール・タイプの曲では“Los Angelenos”が鮮烈な印象を残す。ロッド・スチュワートをイメージして書いたそうだが、ラテン・ロックのフィーリングもあるし、歪ませたオルガンによる攻撃的なソロも痛快だ。また、ビリーと同じく東海岸から西海岸へ乗り込んできた初期スティーリー・ダンを好む人には、ペダル・スティールをフィーチャーした“The Great Suburban Showdown”の、書割のような西海岸風サウンドが琴線に触れるはず。エモーショナルなバラード“Roberta”が実在する娼婦をモデルにして書かれたもの……というトリビアも、ちょっとダンぽいではないか。そうやって同時代のロック勢に目配りしつつ、シングル・カットされた“The Entertainer”(全米34位)を筆頭に、入手したばかりのミニ・モーグを弾きまくっている点も本作の特色と言える。
もうひとつのポイントは、クラシックからヒントを得た曲の存在。“Streetlife Serenader”はドビュッシーのような曲を作りたいと思って書いたそうだし、“The Great Suburban Showdown”ではガーシュインの影がちらつく。その後もライヴで演奏される小曲“Souvenir”は、ショパンの前奏曲“雨だれ”がモチーフだろう。クラシック作品『Fantasies & Delusions』(2001年)の遥か以前から巨匠たちにインスパイアされた曲をいくつも残していた点もビリーらしい。そうした要素とロック色を自然に同居させるコツを、ソロ3作目ですでに会得していたことが窺い知れる、味わい深いアルバムが『Streetlife Serenade』だ。
ビリー・ジョエルの最近の作品。
左から、2024年のシングル“Turn The Lights Back On”、73年作の50周年記念盤『Piano Man 50th Anniversary Deluxe Edition』、日本独自企画のライヴベスト盤『Live Through The Years -Japan Edition-』(すべてソニー)