©Caspar Stevens

力の抜けた風貌……だが、圧倒的なエナジーとスリリングな先鋭性はさらに増している! ストリーミングされないことでも話題を集める新作に思うのは――この男、凶暴につき!!

 〈ルールブックを窓から投げ捨てると、新しいバイブルとして戻ってくることがある〉――96年のファースト・アルバム『Feed Me Weird Things』が2021年にリイシューされるのに際し、スクエアプッシャーことトム・ジェンキンソンが寄せた新たなライナーノーツからの一文だ。当時の忘れられないレビューとして引用されたこの言葉ほど、ジェンキンソンのキャリアにふさわしいフレーズはない。エイフェックス・ツインことリチャードD・ジェイムズのフックアップと共にデビューを果たした彼は、作品ごとにさまざまなテクノロジーを駆使しながら、ベーシストとしての圧倒的なプレイヤビリティーをもってカッティングエッジな楽曲を発表し続けてきた。

SQUAREPUSHER 『Dostrotime』 Warp/BEAT(2024)

 そんな彼の新作『Dostrotime』は、全編アナログ機材を用い、亡くなった親友クリス・マーシャルに捧げられた『Be Up A Hello』、そしてその姉妹作『Lamental EP』(共に2020年)以来の新たなマテリアルだ。新作の発表にあたり、過去作を聴き直して改めて感じたのは、IDM、ドラムンベース、ジャングル、ジャズなど、そのときどきのサウンドやフィーチャーされる楽器にこそ違いはあるものの、基本的には、ジェンキンスの頭の中のイメージ、彼の内面からこぼれ出してくる衝動とメランコリーをどのようにアウトプットしていくか――そのことを中心に据えたプロジェクトであるということだ。

 多くのアーティストにとってそうであったのと同じく、コロナ禍の期間はジェンキンソンにとってもまた特別な時間だったという。『Be Up A Hello』発表後に訪れたこの時期を〈子どもの頃を思い出させた〉〈第2の子ども時代のよう〉と形容し、ただ楽しむことを実践したと述懐している。そのシンプルな幸福感をもとにみずからの制作環境で楽曲を練り上げた彼は、出来上がった楽曲を引っ提げて2021年よりツアーを再開。2022年10月には真鍋大度とのコラボを含む来日公演を大成功に収めた。

 新作『Dostrotime』のプロダクションでまず目を引くのが、90年代レイヴを思わせる質感だ。先行リリースされた“Wendorlan”にはその空気感までもが生々しくパッケージされており、緊張感漲るなかにアシッド的な音色とスリリングなリズムが盛り込まれている。ブレイクコア的な乱れ打ちが強烈な“Duneray”は、先日の東京公演会場O-EASTのフロアの爆発的な盛り上がりを脳裏に浮かばせるし、荘厳なシンセの響きからドラマティックに展開していく“Enbounce”もその夜に披露されたことを覚えている。ベースとエレクトロニックなプロダクションがカオティックに絡み合う“Stromcor”は、今作でもっともジャズ寄りの楽曲。“Heliobat”では近年のアンビエントのムーヴメントとも呼応するような響きが印象深い。そして、〈Arkteon〉と題されたアコースティック・チューンを前半・中盤そしてラストに配置する構成は2004年の『Ultravisitor』のそれをすぐさま思い出すだろう。往年のビットマップ・フォントを用いたアートワークに加え、オシロスコープを用いたアブストラクトな“Wendorlan”のMVも自身で手掛けたことは、LEDによる映像作品を自作した『Ufabulum』(2012年)時の彼を想起させる。

 8ビット的な音色やユーモラスな面はいささか影を潜めているものの、『Dostrotime』には随所にスクエアプッシャーのシグネチャーと言える音のパレットや、目まぐるしく変化していく展開といった特有のスタイルが貫かれている。破壊的なダイナミズムを持ちながら決して無軌道にはならず、どこかエレガンスがあるプロダクションの精緻さに、新たに加わっているのが、パンデミック後のムードと言ってもいい昂揚感だ。そこには、日本を含むコロナ後のツアーで圧倒的な解放感をオーディエンスと共有したうえで完成させたという制作プロセスが影響を与えていることは間違いない。30年に渡るキャリアを通じて実験主義者というイメージの強いスクエアプッシャーだけれど、『Dostrotime』は昂揚感にフォーカスしつつ、〈スクエアプッシャー的なサウンド〉をみずから再検証した作品と言えるのではないだろうか。アルバム後半のハイライト“Domelash”で現れる容赦ないブレイクの連続と奔放なシンセの渦に身を任せながら、そんなことを感じずにはいられなかった。

スクエアプッシャーが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、ダニー・エルフマンの2022年作『Bigger. Messier.』(Anti-)、ゴーゴー・ペンギンの2021年のリミックス集『GGP/RMX』(Blue Note)、トム・ジェンキンソン名義で作曲を手掛けたジェイムズ・マクヴィニーの2019年作『All Night Chroma』(Warp)、マイケル・ゴードンとマントラ・パーカッションの2016年のリミックス集『Timber Remixed』(Cantaloupe Music)

スクエアプッシャーの過去作を一部紹介。
左から、2021年に25周年記念盤としてリイシューされた96年作『Feed Me Weird Things』、2020年のEP『Lamental EP』、2020年作『Be Up A Hello』、ショバリーダー・ワン名義での2017年作『Elektrac』、2015年作『Damogen Furies』(すべてWarp)