2004年のリリースから20周年のアニバーサリーを迎えた今年、スクエアプッシャーの人気作『Ultravisitor』がリイシューされた。超絶技巧の演奏と緻密なエディットを通じて、打ち込み/生演奏、スタジオ/ライブといった境界線をかき乱す意欲作であり、“Iambic 9 Poetry”や“Tetra-Sync”といった人気曲を収録し、ファンからの支持も根強いアルバムだ。
そんな本作をスクエアプッシャーのキャリアを決定づけた作品として熱烈に推すのが、クラムボンのミトだ。以前、『Be Up A Hello』リリース時にスクエアプッシャーの音楽についてインタビューを受けた際には、少なくない紙幅を『Ultravisitor』の話に割いていたほど。今回のリイシューにあたって、本作との出会いからその音楽的なユニークさ、そして今回のリマスターの持つ意義に至るまで、より深く本作について話を聞くことにした。
自分のなかのタブーを破った『Ultravisitor』の衝撃
――2020年の『Be Up A Hello』リリース時のインタビューでは、『Ultravisitor』をスクエアプッシャーの重要作として熱く語っていらっしゃいました。そんな本作が20周年のタイミングでリマスターが出ることになったわけですが、その第一報を耳にしたときはどう感じましたか?
「もう1分も経たずに予約しました。自分の人生のなかでもこの一枚は別物なんです。テクノだったり、クラブジャズだったり、ポストロックだったり、ほかにもECMフォロワーの人たちだったり、当時盛り上がっていたジャンルを『Ultravisitor』はほぼ網羅していた。一方で、同時代に似たものが思いつかない。ワンアンドオンリーだと思っています。
ただ、僕のまわりで〈これは衝撃的だった〉と言っているひとは少なかったと思います。当時、なにも言わずともこの作品で意気投合できたのは、徳澤青弦くらいしかいなかった。逆に僕が教えてまわっていましたね。おすすめの音楽をミックスCDみたいにして紹介していたなかに、“Iambic 9 Poetry”をピンポイントで入れたりして。そうすると、山のようにセレクトした曲のなかでも、あれが一番ヒットしたんです。
僕が最初に『Ultravisitor』を聴いたのは、ハナレグミのツアー中でした。Zepp Sendaiの近くにあるタワーレコードで買って、そのまま会場までCDウォークマンで聴いていました。そこであまりにも衝撃を受けた。そうしたら、会場の控室がひとつ空いていて、そこにオーディオ機器が置いてあったんです。そこに買ったばかりの『Ultravisitor』をセットして、ひとりでリハまでずっと爆音で聴いていました。ふつう、そんなことをしていたら誰かが文句を言ってきそうなものなんですけど、リハーサルぎりぎりまで誰もなにも言ってこなかった。あとから聞いたら〈あいつ、おかしくなっちゃったんじゃないか?〉と思われていたみたいです(笑)。そのぐらい、ほかのすべてのことを忘れさせるような衝撃だったんですよ。
ただ、周りからすると、どの部分にそんなに衝撃を受けたのか、すぐにはわからなかったのかもしれない。“Iambic 9 Poetry”は全方位的に良い曲ですけど、中盤から後半にかけての、ノイジーでアバンギャルドで、エレクトロクラッシュでもあるような部分になると、どういう場所にいる人があそこを好きになるのかわかりづらいのは確かです。すごくメランコリックなトラックからどんどん進んでいくと非常階段みたいになっていく。そんなアルバムは聴いたことなかったですから。
感情の振れ幅が大きすぎるんですよね。めちゃくちゃノイズな曲があるなかに、シンプルなメロディを中心にした“Tommib Help Buss”や“Andrei”、“Every Day I Love”も入っている。そんな両極端なものを一緒にするなんてタブーなんじゃないかって、自分のなかに変なルールがあった。そこをいとも簡単に打ち破られてしまった」
――今回は本人による監修でのリマスターが行われていますが、サウンド面に大きな変化はありましたか?
「特に僕が驚いたのは、アナログのカッティングです。とても音量が低くて、その分ダイナミクスの幅がすごい。歪みのパート、“District Line II”や“Circlewave”あたりのカオスは、いままでは一枚のベタっとした壁のようでした。でも、今回のアナログでは、エフェクトのセレクターを踏んだ瞬間、出てくる音のデカさで他のすべての音が後ろに下がってしまうようなニュアンスまでが感じ取れる。CDも時代の基準に合う範囲でそうしたダイナミクスが反映されていますが、アナログに至ってはこれで大丈夫なのか心配になるほどです。下手すると、音量の小さいところは聴こえなくなりかねない。トム(・ジェンキンソン)さんはもともとマスタリングで音圧をつっこむようなことをあまりしたがらない人ですけど、このリマスターでは特にそこを意識しているように思いますね。だから、以前のバージョンと聴き比べると、中盤のあたりは全然違う音に聴こえる可能性があります。
トムさんはEDMやK-POPを通過したあとの音圧感や、Apple MusicやSpotifyといった音楽配信系アプリ以後の音の変化をあえて気にしていないのかな。若い子たちが聞き流してしまわないようになにか手を加えるのではなくて、アルバムがとんでもないダイナミクスを持っていて、とんでもない感情の振れ幅でつくられたものだということを、本人が認めているように感じますね」