演奏家の〈今〉を映し出す傑作ソナタを録音

 ラフマニノフと言えば多くの方が思い出すのはピアノ協奏曲やピアノのための独奏曲だろが、実は隠れた人気を誇るのが作曲家唯一の弦楽器のためのソナタである“チェロ・ソナタ”だ。日本を代表するチェリスト・宮田大は以前からその録音に意欲を持っていたが、ようやく録音に漕ぎ着け、この秋、新しいアルバムとしてリリースする。

宮田大 『ラフマニノフ:チェロ・ソナタ』 コロムビア(2022)

 「父がこのソナタの録音を持っていて、特に第3楽章の美しさに魅かれたのが出会いでした。その後、桐朋学園のソリスト・ディプロマの卒業試験で演奏し、クロンベルク・アカデミー(ドイツ)でフランス・ヘルメルソンに最初にレッスンをしてもらったのもこのソナタだったりして、自分の人生の転換点には必ずこれを弾いている、そんな作品になりました」

 と語る宮田。そのラフマニノフのチェロ・ソナタの魅力はどこにあるのだろう?

 「ラフマニノフの魅力は甘い旋律やスイートなイメージだと誤解されているところもあると思うのですが、このチェロ・ソナタは演奏家の等身大の〈今〉の姿を映し出してしまうところがあり、20代で演奏すると、作品の精神的な深さに届かないと思っていました。いつも暖炉にあたっている人ではなく、寒い戸外に居て、マッチ一本擦ってようやく暖をとる人のようなイメージが作品にあります。作曲家の苦難の時代に書かれたせいでもあると思うのですが、苦しみ、そしてそこから解放される喜びの感情など、とても多面的な作品です。それを表現するためには時間がかかりました」

 録音は香川県観音寺市の〈ハイスタッフホール〉で行われた。

 「実は母の実家は香川県で、そこで僕も産まれたので、以前から関わりが深い土地でもありました。たまたまコンサートでこのホールにお邪魔した時に、その音響があまりに素晴らしくて、ここで録音をしようとディレクターに提案され、それが実現しました」

 2017年に開館したばかりのハイスタッフホールだが、小ホールは地元産の〈庵治(あじ)石〉がふんだんに使われ、今回の録音が行われた大ホールは、木の温もりが感じられるそうだ。

 「ホール自体が楽器のように演奏家を包み込んでくれました。宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』のなかに小ネズミのエピソードが出てきますが、僕もその小ネズミにように、楽器の中で音に包まれながら演奏している感覚でした」

盟友ジュリアン・ジェルネともコロナ禍をはさみ3年振りの再会。その喜びも録音から聴きとれる。

 


LIVE INFORMATION
アルバム発売記念ツアー
2022年11月19日(土)埼玉 所沢市民文化センター ミューズ
開演:14:00
2022年11月20日(日)香川 観音寺ハイスタッフホール
開演:15:00
2022年11月23日(水・祝)栃木 栃木県総合文化センターメインホール
開演:14:00
2022年11月25日(金)東京 紀尾井ホール
開演:19:00
2022年11月26日(土)神奈川 横浜市栄区民文化センターリリス
開演:14:00
2022年11月29日(火)福岡 柳川市民文化会館
開演:19:00
2022年12月3日(土)長野 八ヶ岳高原音楽堂
開演:15:00
2022年12月4日(日)長野 八ヶ岳高原音楽堂
開演:15:00