斬新なアイディアによって表現された光と影――宮田大が作り出すピアソラの世界

 欧州のクラシック界での権威ある賞のひとつ〈OPUS KLASSIK賞〉(2021)をエルガーの“チェロ協奏曲”の録音で受賞するなど、日本を代表するチェロ奏者となった宮田大が、かねてから敬愛する作曲家であるアストル・ピアソラ(1921~1992)の生誕100周年を記念した作品集をリリースした。ピアソラの多彩な側面を表現する選び抜かれた作品、凝った編曲、そして宮田の溢れんばかりのピアソラへの想いが感じられるアルバムとなった。

宮田大 『Piazzolla』 コロムビア(2021)

 「小学校時代にアメリカへ旅行する機会があり、その時にウォークマンでヨーヨー・マの『ソウル・オブ・タンゴ』をずっと聴いていたぐらい、その録音が大好きだったのですが、今回、自分がピアソラに取り組むにあたっては、そのヨーヨー・マ録音とは全然違うイメージを与えたいという意図がありました。だから、埋もれてしまったピアソラの名曲を選びたいということがひとつ、ピアソラ自身はキンテート(五重奏団)の編成で演奏していましたが、その音の力に負けないような〈いまだかつてない編成〉で録音したいということがふたつ目の考えで、ウェールズ弦楽四重奏団や山中惇史さんのピアノ(編曲も担当)とチェロのアンサンブルというスタイルを採用しました」

 と、宮田。ピアソラの音楽はけっこう聴いているよ、と思っている方でも、例えば“ツィガーヌ・タンゴ”“言葉のないミロンガ”などは、録音でもなかなか耳にすることの無い作品のはず。

 「その“言葉のないミロンガ”はとても美しいメロディで、しかも今回の録音では、私と三浦一馬さん(バンドネオン)のふたりだけで演奏している曲です。バンドネオンがずっと音を伸ばしている時のサウンド、チェロも音を伸ばしている時のサウンドが、どっちがどっちなのか分からなくなる瞬間があるほど、バンドネオンとチェロは相性の良い楽器です。チェロもボウイングする時には呼吸をしながらするのですが、空気によって音を出すバンドネオンと共演すると、まるで歌手が歌っているように演奏できる。そんなところも楽しんで頂けると嬉しいです」

 ご存知のように、ピアソラはクラシック音楽の作曲家を目指してパリに留学していたこともあるのだが、そのパリ時代にもタンゴの作品をいくつか作曲している。そのひとつが“ツィガーヌ・タンゴ”である。

 「この曲もピアソラの中では独特で、彼の作品は暗くて重い作品が多いと思われているのですが、微妙な明るさを持ったこんな作品もある。明るさと暗さの両面を持ったピアソラの世界を味わって頂きたくて選曲しました。今回のアルバムのジャケットも、レンブラント光線を思わせるような光のなかで撮影して頂きましたが、そこにはピアソラの光と影のイメージもあります。人間の感情はとても複雑で、嬉しさの中に悲しさがあったり、悲しさの中にほっとする安堵感があったりしますよね。ピアソラ作品の中のそうした複雑な感情を表現できたらと思いました」

 宮田の楽器であるチェロも、ピアソラの複雑な面を表現するのに適している。メロディを歌うだけでなく、ベースラインでリズミカルな表現をし、優しくも激しくも表現が出来る多彩な楽器であることを、ピアソラ作品を通して再認識させてくれた。

 「ピアソラ作品は感情の起伏が大きくて、実は演奏することに体力をかなり使う作曲家なのです。けしてイージーリスニングじゃない点も聴き手の方に一緒に体験して欲しいです」

 多くの作品の編曲を担当した山中惇史とは、昨年の〈リビングルームコンサート〉で初めて共演し、「お互いウキウキしながら」この録音のアイディアを煮つめていったと言う。

 「今回は彼が陰の立役者で、ピアソラの世界にまた新しい光をあてる編曲を施してくれました。“鮫”も独奏チェロと弦楽四重奏、“天使の組曲”もチェロとピアノだけによる演奏で、その編成で演奏している人たちは他に居ないので、このCDでしか味わえないピアソラ・アルバムが出来たと思います」

 そのアルバム曲を中心にしたコンサートもあるので、要チェックである。

 


PROFILE: 宮田大(Dai Miyata)
2009年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて、日本人として初めて優勝。これまでに参加した全てのコンクールで優勝を果たしている。その圧倒的な演奏は、作曲家や共演者からの支持が厚く、世界的指揮者・小澤征爾にも絶賛され、日本を代表するチェリストとして国際的な活動を繰り広げている。これまでに国内の主要オーケストラはもとより、パリ管弦楽団、BBCスコティッシュ交響楽団、ロシア国立交響楽団、フランクフルトシンフォニエッタと共演。また、小澤征爾、E.インバル、 L.スワロフスキー、C.ポッペン、D.エッティンガーをはじめとした指揮者と共演。2019年には名匠トーマス・ダウスゴー指揮、BBCスコティッシュ交響楽団との共演で初となるコンチェルト録音『エルガー:チェロ協奏曲』をリリース。使用楽器は、上野製薬株式会社より貸与された1698年製A.ストラディヴァリウス〈Cholmondeley〉である。
https://daimiyata.com/

 


LIVE INFORMATION
アルバム発売記念コンサート
宮田大チェロ・リサイタル2022 ~ピアソラへのオマージュ

2022年2月25日(金)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開場/開演:18:00/19:00
2022年2月26日(土)大阪 ザ・シンフォニーホール
開場/開演:18:00/19:00
出演:宮田大(チェロ)/ウェールズ弦楽四重奏団/三浦一馬(バンドネオン)/山中惇史(ピアノ)
https://daimiyata.com/concert