小学生、中学・高校生に初めての体験としておすすめしたい舞台作品、今年は『木のこと The TREE』と『平常 × 荻原麻未「ロミオとジュリエット」』
コロナ禍から解放されて街が動き始めたが、何かが少し違う。行き帰りの電車の混み具合は、コロナ以前ほどではないようだ。ここ数年、リモートによる会議や在宅で仕事をする人が増えた影響だろう。人の習慣は、当然都合のいい方に変わっていく。混雑を避け、無駄な時間を省く。CDがレコードに代わり音楽を聴くために必要な、盤面を掃除したり、ターンテーブルにレコードを置く、あの儀式めいた作業が随分簡略化された。今、音楽はデータとなって、物という属性は剥がされて、ゴーストのようにネット上を徘徊する。同じ家に居て、家族それぞれがそれぞれ好みの音楽を聴いている時代だ。
コンサートも配信が進んだが、どうやらホールには人が戻ってきたように思う。考えてみればコンサートホールは、最古の音楽メディアだ。そしてホールで演奏を聴くことはもっとも基本的な、原理的とも言える音楽の楽しみ方だ。誰かが作った音楽が誰かの手で演奏されるのを、大勢の人たちと一緒に静かに座して聴く。場合によっては数時間にわたる演奏にじっと耳を傾ける。この儀式めいた習慣に無駄を見つけて、簡略化することはできない。音楽が随分と気楽なものになった時代なのに、コンサートホールで音楽を楽しむには、ある種の作法や理解が必要だ。
いつ頃、ホールで音楽を聴くようになるのか。小学校の課外授業のようなことが最初の機会なのかもしれない。楽器の習い事の延長線上で、発表会がホールデビューという人もいるだろう。半ば強引に両親に連れられて、修行のような経験をした人もいるだろう。大抵のコンサートには入場できる年齢に制限があったりするから、最初のコンサートは、小学生の高学年というのが今どきなのだろうか。一方、音楽家が街に出て音楽に接する機会を増やしたり、将来の音楽の聴き手を育てる子供、若者たちに向けた様々なプログラムやワークショップをコンサートホールが企画する時代になった。中にはオペラの舞台制作を見学、体験するような大掛かりなプロブラムまである。
東京文化会館もそうした聴き手の育成に熱心なホールのひとつだ。未就学児童から、高齢者、ホールでの視聴にハンディキャップを抱える人までを対象にその視線の届くは範囲は広く、数々の見えにくいハードルを可視化してひとつづつ丁寧に取り払っている様が、プログラムそれぞれの工夫に伺える。今回は小ホールを使ったプログラム、シアター・デビュー・プログラムを紹介したい。小学生、中学高校生をホールに招待し、プログラム名が示すとおり、舞台作品を体験してもらおうというものだ。
この企画は2021年に始まった。年度ごと二作品が制作されるが、今年の第一回目は7月12、13日に公開される『木のこと The TREE』(脚本・演出 ペヤンヌマキ)、第二回は『平常 × 荻原麻未「ロミオとジュリエット」』(脚本・演出・人形操演 平常)だ。それぞれ音楽を、前者はピアニスト・作曲家である林正樹が音楽監督を務め、後者は音楽の選曲、構成をチェリストの宮田大が担当する。
『木のこと The TREE』のペヤンヌマキは劇作品だけでなく、映像作品やドキュメンタリーも手がけ何事も〈自分ごと〉として取り上げ、そのリアルに向き合う熱が街ネタを沸騰させる。そんな彼女の物語に今回、巻き込まれるのが林正樹だ。ジャズを中心に映画音楽やJ-POPまで、あらゆるポピュラーミュージックの現場で活動するピアニスト、作曲家だ。即興的に音楽を組み立てる能力の高さに加えて、〈間〉に耳を傾ける術を備えたピアニストであり、昨年文化会館がオペラ『note to a friend』を委嘱したデヴィッド・ラングのようなサウンドを響かせるアンサンブルを主宰する作曲家だ。林によれば、演者も加えて即興的なセッションをリハーサルをしたという。演出プランはまだ流動的なようだが音楽には「即興性を残しながら構成する場所も作りたい」とリクエストしたという。小ホールの素晴らしい響きの中で演奏される音楽、演者の動きと物語のイメージがその場で混じり合う。その熱の中に巻き込まれ、ホールの響きは若い聴衆の中に何を残すのだろう。四年目を迎えて、このプログラムを経験した文化会館キッズたちはどうしているのか気になって来た。
EVENT INFORMATION
Music Program TOKYO シアター・デビュー・プログラム
『木のこと The TREE』
2024年7月12日(金)東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:30/19:00
2024年7月13日(土)東京文化会館 小ホール
開場/開演:13:30/14:00
脚本・演出:ペヤンヌマキ
音楽監督・作編曲:林正樹
キャスト:南果歩/金子清文/古澤裕介/我妻恵美子(舞踏)
出演:林正樹(ピアノ)/藤本一馬(ギター)/須川崇志(コントラバス/チェロ)
■曲目
林正樹:木のこと The TREE(世界初演)
イングランド民謡:グリーンスリーヴス
林正樹:Spirit of the Forest
ドビュッシー:月の光
ルナール:さくらんぼの実る頃 ほか
https://www.t-bunka.jp/stage/21744/
Music Program TOKYO シアター・デビュー・プログラム
『平常 × 荻原麻未「ロミオとジュリエット」』
2025年1月31日(金)東京文化会館 小ホール
開演:19:00
2025年2月1日(土)東京文化会館 小ホール
開演:14:00
原作:ウィリアム・シェイクスピア
脚本・演出・人形操演:平常(たいら じょう)
出演:荻原麻未(ピアノ)
音楽構成・選曲:宮田大
音楽監督:矢野雄太
■曲目
様々な作曲家の作品から選曲・抜粋