この夏の主役は彼女! 〈サマソニ〉出演も話題のなか、ニュー・ノスタルジックな傑作となった初アルバム『Heaven Knows』がついに日本盤として登場!

 2021年にTikTokでバイラル・ヒットを巻き起こし、個性的でソフトなサウンドによって瞬く間に世界的なビッグネームへとステップアップしたシンガー/ソングライター/プロデューサーがピンクパンサレスだ。時代の波に乗った現代のシンデレラストーリー……という言い方は全時代的ながら、それ以前からあったYouTube動画投稿を機にデビューしたような人たちの例と比べても伝播するスピード感は段違いで、俄に言い交わされるようになったY2Kというワードにもハマるアレンジのニュー・ノスタルジック感、現代の基準になるベッドルーム基盤のサウンド・デザインとウィスパー気味の歌唱表現、人を食ったようなキャッチーなネーミング、ミステリアスなヴィジュアル・イメージ、それらを兼ね備えたセンセーショナルな登場劇はポップ・ミュージック・シーンにおける新鮮でユニークな刺激となった。

 2001年に英国サマセット州バースで生まれたピンクパンサレス。子どもの頃からピアノを習い、ティーンになると学校のロックバンドでヴォーカルを務めていたという。もともと友人のためにGarageBandで曲を作るところからオリジナル音源の制作をスタート。その成果はSoundCloudで公開もされていたが、その名が知られるようになったきっかけは2020年末にTikTokに投稿した自作曲“Just A Waste”だった。翌2021年には“Break It Off”や“Pain”が話題となってパーロフォンと契約。その後ワーナーに移って初のミックステープ『to hell with it』で評価の幅をさらに広げている。同作が話題を集めるなかで年末にはBBCが選ぶ〈Sound Of 2022〉にて見事に1位に輝いて、音楽シーンの旬な最前線と目されるようになった。

 その2022年にはラッパーのアイス・スパイスとコラボした“Boy’s a liar Pt. 2”を発表して全英2位/全米3位まで上昇し、前後してスクリレックス&トリッピー・レッドやデストロイ・ロンリー、トロイ・シヴァン、レミ・ウルフら著名なアーティストたちと次々に共演。客演の形はさまざまなれど、自身の曲では往年のドラムンベースや2ステップ/UKガラージをベッドルームのフィルターで濾過したようなサウンドの独自性をマイルドに貫き、2023年に初のオリジナル・アルバム『Heaven knows』を完成するに至った。

PINKPANTHERESS 『Heaven knows』 Warner(2023)

 アルバムでは“Boy’s a liar”を手掛けていたムラ・マサがさまざまな形で全編にタッチしているほか、大物ポップ・プロデューサーのグレッグ・カースティン、近年はデュア・リパらも手掛けるダニー・L・ハール、USのロンドン・オン・ダ・トラックなど、名の通った著名プロデューサーたちがしっかりと後見している。もっと純粋にDIY的な見られ方をすることも多いピンクパンサレスだが、売れっ子たちのアイデアも取り込みながら自身のソングライティング力や表現のセンスなどがさらに大きく養われたことだろう。

 ビート面ではなく歌唱面での変化が聴いて取れるのも聴きどころに違いない。あくまでも一定の曖昧な心地良さを保ちながらポップでメランコリックで甘酸っぱい作品に仕上がっているのは、ピンクパンサレスならではの品格が存在しているからだ。そのうえでコラボの妙も聴きどころとなり、ナイジェリアのレマをはじめ、UKでトップクラスの人気を誇るラッパーのセントラル・シー、エクスペリメンタルなR&Bスタイルで知られるケレラ、さらに先述のアイス・スパイスまで実に今風のリスティングでグローバルな顔ぶれがゲスト参加している。そんな本作から感じられるのは、スニペット的な短い曲を得意としていたところから一歩先に進んで、より〈音楽的〉かつオーセンティックな〈ポップスター〉的な志向を見せつつあることだろう。すでに今年はカミラ・カベロとのコラボも実現させているし、元から備えたドラムンベースやUKガラージ、K-Popなどのフレイヴァーはもちろん、今後の足取りによって自身の作品世界がナチュラルに拡張していくのは間違いない。

 ともかく、そんな充実の『Heaven knows』がこのたび〈サマソニ〉出演に合わせて日本盤化されるのはめでたい限りだ。より多彩な層に親しみやすくアプローチできる機会にピッタリの今作は、TikTok発祥という冠を置いて先へと進む才能の新たなスタート地点でもあるはずだ。

※Mikiki編集部注 ピンパンサレスの〈SUMMER SONIC 2024〉への出演は、健康上の理由によりキャンセルされました。

左から、ピンクパンサレスの2021年作『to hell with it』(Parlophone)、ムラ・マサの2022年作『demon time』(Polydor)、スクリレックスの2023年作『Don’t Get Too Close』(Owsla/Atlantic)、2023年のサントラ『Barbie The Album』(Atlantic)

『Heaven knows』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、レマの2022年作『Rave & Roses』(Mavin)、セントラル・シーの2023年作『23』(Central Cee)、ケレラの2023年作『Raven』(Warp)、アイス・スパイスのファースト・アルバム『Y2K!』(Capitol)