天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴のものを紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。2月24日にロシアがウクライナへと軍事侵攻を行い、世界が混乱に陥っています。当然、音楽の世界にも影響は大きく、今年の〈ユーロビジョン・ソング・コンテスト〉へのロシアの出場が禁止されるなど、さまざまな動きが見られていますね」
田中亮太「エルトン・ジョン、フリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックス、フランツ・フェルディナンドのアレックス・カプラノス、マドンナ、マイリー・サイラス、フォールズのヤニス・フィリッパケス、ヤングブラッド、ブリング・ミー・ザ・ホライズンのオリヴァー・サイクスなど、数多くのアーティストがウクライナへの連帯や戦争への反対をソーシャルメディア上や自身のプラットフォームで発信しています。グリーン・デイは、モスクワでのライブを中止にしました」
天野「いち早くウクライナの支援方法を記事にしたRA、ウクライナに留まっているアーティストのブルーム・ツインズ(Bloom Twins)とフリスティナ・ソロヴィ(Khrystyna Soloviy)に取材したNMEなどは、音楽メディアとしての動きが早くて、すごいと思いました。フリスティナ・ソロヴィは、24日に“Я несу мир(私は平和をもたらす)”という自宅での弾き語りデモをYouTubeで発表したシンガーソングライターです」
田中「いまは平和を祈り、これ以上の犠牲者が出ないこと、そしてロシアによる一方的な侵略と戦争状態の一刻も早い終結を願うばかりです。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」
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Florence + The Machine “King”
Song Of The Week
田中「〈SOTW〉はフローレンス・アンド・ザ・マシーンのニューシングル“King”です。フローレンス・アンド・ザ・マシーンといえば、圧倒的なカリスマ性を放つフロントウーマンのフローレンス・ウェルチ(Florence Welch)を中心とする、もはやイギリスを代表するロックバンドですよね」
天野「今年はさまざまフェスティバルのヘッドライナーを務めることが発表されていて、2018年のアルバム『High As Hope』以来の新作をリリースするのではないかと噂されていましたが、ついに新曲が発表されました。ただ、オフィシャルサイトでは“King”が〈Chapter 1〉とされていて、他に14枚ものカードが並んでいるので、今後何が出てくるのか、まだまだ期待できそうです。肝心の新曲は、期待を上回る名曲!」
田中「一歩ずつ進んでいくようなリズムのドラムとベースから始まって、フローレンスが彼女らしい自由な節回しで歌いはじめるのですが、徐々に熱を帯びていき、ドラマティックに盛り上がっていきます。プロデューサーは、フローレンスと現代ポップシーンの最重要人物ジャック・アントノフ(Jack Antonoff)です」
天野「〈私たちはキッチンで子どもを生むかどうかを言い争った/世界の終わりと私の野望の大きさについても/そして、アートの本当の価値についても/あなたがいちばん得意なのはひどく傷つけること/でも、あなたに必要なのは腐った心 まばゆいほどの痛みはダイアモンドの指輪のよう/私は母じゃない、花嫁でもない、王だ〉と、パーソナルかつ強烈なメッセージが込められたリリックも最高。〈2022年のフェミニストアンセム〉との評価には同意します。とにかく、フローレンスの歌の力に胸を打たれました」
Hercules & Love Affair “Grace”
田中「続いてはハーキュリーズ&ラヴ・アフェアの“Grace”。アンディ・バトラーによるプロジェクト=ハーキュリーズ&ラヴ・アフェアは、DFAからリリースした“Blind”(2007年)などのヒットで知られています。官能的で妖しげなディスコ/ハウスサウンドには、彼ら特有の魅力がありますよね」
天野「ただ、新曲“Grace”はちょっと毛色がちがう感じですね。4つ打ちではなくて手数の多いマーチやラテンのニュアンスがあるビートですし、ダンスミュージック的ではなくインディーロック的なバンドアンサンブルとプロダクションが印象的です。ドラムを叩いているのは、なんとスージー&ザ・バンシーズのバッジー。そのことを踏まえて聴くと、かなりゴスでダークなポストパンクサウンドに感じますね」
田中「あと、ファーストアルバム『Hercules And Love Affair』(2008年)以来、ひさしぶりにアノーニ(ANOHNI)が制作に参加していることも話題ですよね。とはいえ、原点回帰ではなくて、新しいことに挑戦しているのがいいなと思いました。実際、バトラーは、6月17日(金)にリリースされるニューアルバム『In Amber』を指して、〈90年代サウンドのハウスレコードを作ることは、いま自分がやることではなかった〉〈自分の怒りや不快感を表現する必要があった〉と語っています。というわけで、『In Amber』は、彼らの新しい側面を見せるレコードになっていそうです。楽しみですね」
Mura Masa, Lil Uzi Vert, PinkPantheress & Shygirl “bbycakes”
天野「次は、日本でも人気のUKのプロデューサー、ムラ・マサの新曲“bbycakes”です。リル・ウージー・ヴァート、ピンクパンサレス、シャイガールという豪華なゲストを迎えた曲で、ドリルと2ステップの中間を行くような跳ね感のあるビートがおもしろい。僕は知らなかったのですが、これはUKガラージのアーティスト、3・オブ・ア・カインドによる2004年のヒット曲のカバーだそうですね」
田中「僕も知りませんでしたが、このあたりの掘り出し方は、ピンクパンサレスのセンスっぽいですよね。ムラ・マサは、この曲について〈イギリスとアメリカ、かわいらしいUKガラージとハードなドリル、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドの衝突〉と言っています。“bbycakes”を含むサードアルバムは、今年中にリリースされる予定。2000年代初頭のサウンドをイメージさせつつも、リスナーを未知の世界へと連れ出してくれる音楽になっているのだとか。ビーバドゥービーも来るセカンドアルバムを〈2006年のサウンド〉と表現していましたし、Y2Kファッションのリバイバルもあいまって、今年は2000年代前半から半ばの音楽が注目を集めそうですね」