タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただく連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは村田誠二さんです。 *Mikiki編集部

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 ずいぶん前、レッド・ツェッペリンに心酔しすぎてブートレグにまで手を染めてしまった。“新譜”は豪華な装丁で、ライナーノーツは期待通りびっしりと書き込まれ、ステージ内容もジミー・ペイジのプレイの様子が事細かに書かれている。「そしてジョン・ボーナムは」……よしキた、この日のドラムプレイの様子が詳しく書かれているのだろうと読み進めると、「豪快なドラミングでバンドをプッシュ」……あ、それだけ?

 僕もドラムを叩くが、ライブ前に緊張していると、メンバーが「誰もドラムなんて聴いてないから大丈夫」なんて不安を取り除いてくれて、妙に納得したりする。実際、“ドラムを”聴いている人はほぼいない。

 ただ、これまで27年間、取材してきたプロドラマー達は「ドラマーがダメなバンドはダメ」と口を揃える。建築物で言うと“基礎”であって、基礎がダメなら“上モノ”が乗らないからだ。ドラムはまさに要。なのに多くの人に意識されることもないという矛盾……。

 ちょっと待ってほしい。ドラムに傾聴していて、実に深い意味が折り込まれている名演に、僕は何度も出逢ってきた。曲の1番と2番、そして3番で、同じメロディとコード進行でサビへと渡す各場面でドラムのフレーズが変わったことで、ストーリーがそこで動いたことがわかったり、シンバルをあえて打たないことで詩の大事な言葉が浮き出て印象に残ったり、大地や光、色彩や景色を想起させたり、基礎と言うには余りある意匠・デザインが施されているじゃないか。

 林立夫さんは、僕がそのデザイン・センスに最も惹かれるドラマーの1人。細野晴臣さん、大滝詠一さん、荒井&松任谷由実さん、矢野顕子さん、大貫妙子さんをはじめ、今、シティポップと呼ばれる音楽でも、セッション参加はトップ・オブ・常連で、あの松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」も、寺尾聰「ルビーの指環」も、松田聖子「赤いスイートピー」も林さんだ。世代を問わず多くのドラマーが彼のデザインに憧れ、その秘密を知りたがってきた。いったいどんな音楽体験をしてきたら、そんな演奏ができるようになるのか?と。

 ただ、他でもない林さん自身から話を伺う中で、それが“ドラムを”聴いてきたからではないということにも、とても納得した。むしろリスナーの視点で叩いていて、ドラムを聴いてほしいなんて視点とは対極にいる。この曲は誰が主旋律を取っていて、どこがかっこいいのかを“アンサンブルで”考える。そのために、どれだけそぎ落として曲の大切な部分を残し、曲が行くべき方向に向かうかどうかもアンサンブルで考える。林さんの現在のバンド、SKYEの1stが出たとき、1曲目の“Less Is More”という言葉が、まさにそれだとピンとキた。そぎ落とすことで、むしろ曲を豊かにし、聴き手の耳を奪わずに場面や匂いまで感じさせてしまうドラム――そこにあるこだわりは、服で言えば、見える面ではなく、むしろ“裏地”にある。

 昨今、誰もが膨大な情報にアクセスできるだけでなく、集合知を反映したAIが情報の事実“らしさ”をブーストすることも可能だ。となると、見えているもの=現象は事実なのか? 裏金の“裏”はネガティヴな意味だが、裏地のない背広ほど薄っぺらいものはないように、現象は、こだわり抜いた裏地という“経験知”の熟成に支えられてこそ価値のある事実になるのではないだろうか。7月24日にリリースされたばかりのSKYEの2ndでも、やっぱり僕は“ドラムを”聴いて悦に入ってしまうんだろうな。

 


PROFILE: 村田誠二
ドラム・インタビュアー/編集者。
元『リズム&ドラム・マガジン』副編集長。フリー転身後、携わった近著は、村上“ポンタ”秀一『俺が叩いた。 ポンタ、70年代名盤を語る』、同『80年代を語る』、『東京バックビート族 林立夫自伝』他。さらにサザンオールスターズ・松田弘のYoutube番組『サザンビート』助手やドラム・マガジン連載“STUDIO GREAT“を担当。ドラム歴38年、アマチュア・ドラマーとして活動中。

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2024年8月25日(日)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.489」に掲載。