〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターはカルロス矢吹さんです。 *Mikiki編集部
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家庭の話から始めて申し訳ないが、小学校一年生の子ども達(双子なんです)がすっかりポケモンに夢中になってしまった。その流れで一緒に観始めたのが、Netflixの『ポケモンコンシェルジュ』というストップモーションアニメ。南の島のポケモンが泊まりに来るリゾートホテルを舞台に、ホテルのコンシェルジュを務めるハルという女の子の活躍が描かれる、というお話だ。のんは、この物語の主人公ハルの声を演じている。役柄は、ピュアで、イノセント。それはまるで『あまちゃん』でのんが演じた天野アキが、そのまま大人になった様だった。
少し話は変わるのだが、友人の放送作家チャッピー加藤さんが、直近でのんのワンマンライブへ行ったエピソードがとても印象に残っている。加藤さんは50代なのだが、客層がほぼ彼と同年代の男女で埋め尽くされていたそうだ。要するに、ブレイク当時の彼女の支持層が、そのまま年齢を重ねていたのである。必ずしもそれが悪いことではないが、加藤さんも「彼女のファンとして寂しかったなあ、もっと若い世代にもあの才能を体感して欲しい」と嘆いていた。この意見には完全に同意する。チケット代がそこそこ高かったことも手伝っていただろうが、残念ながらのんと同世代(あるいはその下の世代)のお客さんは少なかった原因の大半は、ある時期にメディアへの露出が減り、キャリアの“空白”が生まれてしまったことにあるのかなと思う。
さて、では直近の音楽活動はどうなのか。先日発売された最新アルバム『Renarrate』は、共同作業者にヒグチアイ、ひぐちけい、柴田隆浩(忘れらんねえよ)ら、比較的彼女と近い世代のアーティストを迎え、リードトラック「フィルムの光」のような軽やかなギターポップにはノスタルジーの欠片もなかった。アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』、漫画『ふつうの軽音部』などが若い世代を中心に支持され、ロックバンドに改めて脚光が当たっている現在。ロックを基調としたのんの作品が、同時代の音楽として若者と共鳴していく可能性は十分にあると思う。彼女の全国ツアーには、異例とも言えるU-25割チケット(それでも4500円なのだが)が導入されている。若い世代と繋がっていきたいという欲求が、間違いなく彼女の中にもあるということだ。我が家の子ども達だって、ポケモン経由でのんの音楽にまで辿り着くかもしれない。
若い世代に支持されて、そのエネルギーに引っ張られて、表現者が新しい表現方法を模索していく。そんなコール&レスポンスは、これまで大衆文化の歴史で何度も繰り返されてきた。そういう循環が、のんにもこれから訪れるかもしれない。それが起こった時に、ようやく彼女に降りかかった“空白”は埋められるのだと思う。そのためのチャンスと時間は、まだ十分に残されているはずだ。
PROFILE: カルロス矢吹
作家。1985年、宮崎県生まれ。世界60ヵ国以上を歴訪し、大学在学中より国内外の大衆文化を専門に執筆業を開始。著書に「北朝鮮ポップスの世界」「世界のスノードーム図鑑」「日本バッティングセンター考」など。展示会プロデュース、日本ボクシングコミッション試合役員なども務め、アーティストやアスリートのサポートも行う。上田航平、ラブレターズ、Saku Yanagawa、吉住、Gパンパンダ星野の6名によるコントユニットTokyo Sketchers事務員。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2025年10月25日から全国のタワーレコードで配布開始された「bounce vol.503」に掲載。