Photo: Johanna Berghorn
©Sony Music Entertainment

藤田真央の〈前奏曲〉――進化し続けるピアニズムを届ける充実の2枚組

 一瞬にして聴衆を魅了してしまう演奏と愛すべきキャラクターをもつピアニストの藤田真央。自然体な演奏、奏でられる音の美しさ、歌心の豊かさが魅力の藤田による待望の最新盤は、3人の作曲家による〈前奏曲〉だ。

藤田真央 『72 Preludes ショパン/スクリャービン/矢代秋雄:24の前奏曲』 Sony Classical(2024)

 まずは多くのピアニストにとっての〈挑戦〉となっているショパンの作品28。繊細なピアニズムが求められるのをはじめ、各曲が全く違う世界観を持ちながらも統一性を持って演奏していく必要がある。集中力をもって全曲演奏することは非常に難しいものだ。しかしそこはさすがの藤田。それぞれの音色が磨き上げられた美しさであるのはもちろんだが、散文詩のようなとりとめのなさもある楽曲にも意味を持たせ、幻想的な雰囲気を作り出しながらも構築性のある演奏にまとめあげた。これは藤田の演奏から漂う〈品格〉と相まって極上の美しさを作り出している。ショパンの前奏曲の録音は数多あるものの、新たな〈決定盤〉の一つとして強い存在感を放つものとなるだろう。

 続くスクリャービンのものはショパンをはじめとしたロマン派の作曲家の影響が感じられる甘美な作品。しかし一層各曲が違う様相を呈しており、音色の多彩さ、ハーモニーの変化に対する反応の細やかさ、ときに大胆なコントラストなどが求められる。上記に挙げた点を見事に魅せてくれているのはもちろん、歌心にあふれた藤田の音楽性が活きており、スクリャービンという作曲家の魅力を改めて感じさせるものとなっている。

 最後は矢代秋雄によるもので、インターナショナルレーベルでの初録音。ショパンとスクリャービンをはじめ、先人の作品からの影響を受けた多彩な楽曲だ。伸びやかな歌いまわしと細やかなテンポのゆらぎを活かして楽曲を深く掘り下げた演奏であり、初めて聴く人でもすぐに楽曲の魅力を理解することができるだろう。

 藤田のピアニズムの進化を存分に味わえる充実の内容となった本盤、ぜひ多くの方に聴いてほしい。