蜜蜂と遠雷
国際コンクールを舞台に、世界を目指す若き4人のピアニストたちの挑戦、才能、運命、そして成長を描いた、恩田陸の新たな代表作となった『蜜蜂と遠雷』
――「複数の文化を背負うマサルに自分の姿を重ねました」~金子三勇士(ピアノ)
ピアノコンクールが舞台の恩田陸の同名小説を原作とする映画『蜜蜂と遠雷』(東宝)でマサル・カルロス・レヴィ・アナトール役の演奏シーンを担当したピアニスト、金子三勇士の話を聞いた。

――どんな人が映画を観にこられるのでしょうね。
「原作小説は割と色々な人々が読み、話題にしていました。演奏旅行で搭乗した飛行機のキャビンアテンダントも私がピアニストだとわかると『蜜蜂と遠雷は読みました』と言われたほどです。原作に触れた皆さんが、映画にも来てくださるとよいのですが」
――三勇士さんが原作を読まれたときの感想は?
「結構コンクールの生々しい裏側に触れていて、参加経験者として、気持ちがよくわかりました。舞台裏の様々なドラマもたっぷり、描かれています。今の音楽界、ピアノの世界にスポットライトが当たったのは、素晴らしいことです。日本の若い世代のコンクールに対する考え方は昔と違い、コンクール自体を目標にすえて命がけでゴールを目指し、そこにさえたどり着いたら良しとする風潮が強まりました。変な部分だけがブームと化して子どもどうし、親どうしの派閥争いも激しく、ちょっと繊細な子は精神を病んでしまいます。映画化にもかかわり、改めて、コンクールのあれこれについて考えさせられました」
――3社4点、キャラクターごとのCD制作は画期的です。
「映画で演奏を担当したよりもCDに収めた曲数の方が多いのです。ディスクは原作から各キャラクターの弾く曲を選び、1次、2次、ファイナル…とそれぞれのラウンドの演奏曲目に沿って入れました。ハンガリー人を母に持つ私が得意とするリスト、バルトークだけでなく、モーツァルトを録音できたのは、うれしかったです」
――マサルというキャラクターの「分身」を担い、映画にかかわってみて。
「複数の文化を背負ったマサルには原作を読んでいる時点から親近感を感じ、自分のイメージを重ねていました。主人公4人は肝試し、スランプからの脱出、最後のチャンス…と、それぞれ異なった視点から、コンクールを受けに来ています。個人的には、コンクールが終わった後にそれぞれが人間として、どう成長していくのかを考えさせる点に、この作品の面白さがあると思いました。マサルの場合はラウンドを経るごと、心の中の葛藤が変化していくのが興味深く、私も過去に似たような体験をしています」
――ご自身もライバル意識は強い方ですか?
「日本は足の引っ張り合いも多い国ですが、少子化も進むなか、クラシック音楽は今のままだと完全に斜陽産業です。1人でも多くの人々を引っ張り込むには年齢の近いライバルどうしでも手を携え、《何ができるのか》を皆で考え、行動に移すことの方が最優先です。私はとりあえず、ハンガリーの子どものためのバルトーク国際ピアノコンクールの日本開催にかかわりました。小中学校の子どもたちは、とても良いものを持っているので、もっともっと伸ばせるように、応援していくつもりです」 *池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗)
金子三勇士 (Miyuji Kaneko)

1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳よりハンガリーのピアノ教育第一人者チェ・ナジュ・タマーシュネーに師事、単身ハンガリーに留学し祖父母の家よりバルトーク音楽小学校に通う。2001年(11歳)飛び級で国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学、2006年(16歳)全課程取得とともに日本に帰国。東京音楽大学ピアノ演奏家コースを首席で卒業し、同大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域を修了。スタインウェイ・アーティスト。
LIVE INFORMATION
京&三勇士 ジョイント・リサイタル
○10/25(金)18:15開場/19:00開演
【会場】熊本県立劇場コンサートホール
金子三勇士 ピアノリサイタル 2019
○10/27(日)13:00開場/14:00開演
【会場】神戸ポートピアホテル内 ポートピアホール
みなとみらいクラシック・マチネ 金子三勇士&中野翔太
○11/28(木)【会場】横浜みなとみらいホール 大ホール
【第1部】開場 11:30/開演 12:10
【第2部】開場 13:50/開演 14:30
※各部別プログラム/入れ替え制
https://miyuji.jp/
藤倉大の書き下ろした《春と修羅》、4人のピアニストが演奏するカデンツァが聴きどころ!
菱沼忠明がコンクール課題曲として書き下ろした《春と修羅》。もちろん、こちらもはじめて聴く。楽曲そのものは藤倉大がつくっていて、4人のコンテスタントは各自カデンツァ部分を即興する。藤倉大はこの4つの、というか、4人それぞれのカデンツァを書き分けている。演奏者各人の性格、背景とカデンツァそのものとがしっかりつながっている。もちろんそれは、ストーリーのなかに配されていて、みている「わたし」がそのストーリーを文脈として読みこんでいるからこそなんだけど。
4人の人物は役者のみならず、ピアニストもちゃんと分けられている。栄伝亜夜は河村尚子、高島明石は福間洸太朗、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールは金子三勇士、風間塵は藤田真央が担当。年齢も、違うんだけど、それなりに重ねあわせることができるような人選。小説の人物と役者、そしてピアニストという3つのペルソナを、映画をみている・きいている者はフィクションのなか、戯れる。
《春と修羅》の、4人の異なったカデンツァがすべて収められる、つまり4人のピアニストによる《春と修羅》がすべて収められたCDがあるんじゃないか――そう期待していた。だけど、ないのである。がーん。
ピアニストはそれぞれCDアルバムをだしている会社が違うので、サントラも別なのだ。つまり、ちゃんと《春と修羅》を聴きくらべようとおもったら、4枚入手しなくてはならない!
《春と修羅》の楽譜は発売されるだろうか。発売されるとしたらどうなるだろう。カデンツァとして何もないのがあって、ほかに4つのヴァージョンも併せて、となろうか。それを期待したいな。
カデンツァのなかでも、高島明石(松坂桃李)=福間洸太朗のはとてもリリック。しかも「生活者の音楽」と謳っていることもあり、つれあいと子どもとの生活が描かれる。母子がテーマを歌いあうシーンがあり、母子がコンクールの会場で立ったまま高島明石の演奏を聴くシーンもある。この高島明石の演奏から、栄伝亜夜(松岡茉優)と風間塵(鈴鹿央士)にも共鳴し、ピアノを弾くことを欲望させる。ここにあるのは、コンクールの、「位」を競うのとは異なった、べつの線を引っ張ってゆき、映画のべつのストーリーを引きだしてくるところだ。
映画『蜜蜂と遠雷』、群像劇たる原作に対して、映画では、群像的でありつつひとりを中心に据える。
気になるところもないではない。ないではないんだけど、映画は無数の細部、無数の要素でできているから、ところどころでこっちが否応なしに反応してしまうところがあったりする。プロコフィエフの3番、バルトークの3番といったコンチェルトがカメラワークで「演じ」られるとなれば、映画的な視覚と聴覚の相乗効果が、個人的な楽曲へのおもいとシンクロしてしまう。プロコフィエフ、かなり好感度アップ。
よく知った音楽作品に出会いなおす、映画がそんな場になることもあるんだな。 *小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)
CINEMA INFORMATION
映画『蜜蜂と遠雷』
監督・脚本・編集:石川慶
原作:恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)
「春と修羅」作曲:藤倉大
ピアノ演奏:河村尚子/福間洸太朗/金子三勇士/藤田真央
オーケストラ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:円光寺雅彦
出演:松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン
鈴鹿央士(新人) 臼田あさ美 ブルゾンちえみ 福島リラ/眞島秀和
片桐はいり 光石研 平田満 アンジェイ・ヒラ 斉藤由貴 鹿賀丈史
配給:東宝(2019年 119分 日本)
◎大ヒット上映中!
https://mitsubachi-enrai-movie.jp/

「蜜蜂と遠雷」のキャラクター別演奏CD4点、異例の3社共同制作キャンペーン
金子三勇士のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)がユニバーサルミュージック、河村尚子の栄伝亜夜(松岡茉優)がソニーミュージック、福間洸太朗の高島明石(松阪桃李)と藤田真央の風間塵(鈴鹿央士)がナクソス・ジャパンと、発売は3社にわたる。上段に「映画蜜蜂と遠雷」と入れ、左右に分割した下段左に演奏ピアニスト、右にキャラクターを演じた俳優の写真を配したジャケットの装丁もそろえ、映画の話題作りにも貢献している。
それにしても錚々たる顔ぶれを選んだものだ。河村と藤田はスイスのクララ・ハスキル国際ピアノコンクール優勝の先輩と後輩、藤田は今年のチャイコフスキー国際音楽コンクール・ピアノ部門2位、福間は20歳で米国のクリーヴランド国際ピアノコンクールに優勝。金子はハンガリーのバルトーク国際ピアノコンクール優勝と、それこそ申し分のないコンクール歴の持ち主そろいである。
日本とハンガリーの国交が成立して150周年の今年、金子はハンガリーでリストのピアノ協奏曲2曲と「死の舞踏」を一晩で演奏する企画の独奏者に抜擢された。
4人共通の収録曲は何と、藤倉大への委嘱新作「春と修羅」! 原作小説で架空の日本人作曲家、菱沼忠明がコンクールの第2次予選課題曲として作曲した新作課題曲の題名を踏襲し、藤倉が映画のために書き下ろした。原作には「宮沢賢治の詩《春と修羅》をモチーフにしたものであり、ほぼ無調の曲」とあり、曲の終盤に「自由に、宇宙を感じて」と書かれたカデンツァの挿入を指定している。藤倉は原作に沿って作曲、ピアニストごとに異なる4種類のカデンツァも書いた。この1点をもってしても、制作会社とピアニスト、作曲家の「本気度」が伝わってくる。
福間を除く3人の盤には藤田がバルトークの第3番、河村がプロコフィエフの第3番、金子がプロコフィエフの第2番と、それぞれのコンテスタントが本選で弾いたピアノ協奏曲の抜粋も収められている。すべて昨年(2018年)8月13日、東京オペラシティコンサートホールで円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演したオリジナルのセッション録音というのも贅沢な話だ。 *池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗)