©Ryo Noda

Masayoshi Fujitaが奏でる、自然と隣り合う音

 ヴィブラフォン3部作――2013年にリリースされた『Stories』、それに続く『Apologues』(2015年)、『Book Of Life』(2018年)――を通じ、ポスト・クラシカル以降の感覚を持ったヴィブラフォニストとして、Masayoshi Fujitaはその音楽的評価を確立してきた。さらに、前作『Bird Ambience』(2021年)では、サイド・プロジェクトであるel fogで培ってきたエレクトロニカのヴォキャブラリーや、新たに使用したマリンバ、そしてヴィブラフォニストになる前に親しんでいたというドラム~パーカッションを導入し、自身の音楽性を更新。そんな彼の約3年ぶりとなる新作『Migratory』は、Masayoshi Fujitaのサウンドにおけるひとつの核でもあったアンビエント・サウンドが全面化されたものとなった。その理由としては、これまで音楽活動の拠点をベルリンに置いていた彼が、日本へ帰国して以降、初めて作ったアルバムだということが挙げられる。

 「日本の自然環境のなかで生活するようになって、ベルリンにいたときとは、自分のなかでしっくりくる音楽が変わった感じがあるんですよね。前だったらけっこうバキバキのエレクトロニック・サウンドが好きだったりしても、いまは何か違和感があります。あと、前作は音楽性がバラバラなところがあったので、新作はもう少しまとまりのあるものにしたいと思いました。そんなときに、日本の自然のなかで暮らす自分にしっくりくる音楽がアンビエントだった。だからサウンドがアンビエントにまとまっていったという感じです」。

Masayoshi Fujita 『Migratory』 Erased Tapes/インパートメント(2024)

 『Migratory』は、いまや世界的なヴォーカル・パフォーマーでもあるハチスノイトや、ジャンル越境的な活動を展開するムーア・マザーをはじめとしたコラボレーションも聴きどころのひとつだ。彼女たちの存在は〈渡り鳥〉を意味する新作のタイトルやテーマと深く関わっている。

 「このアルバムは、国境を越えて飛び回る渡り鳥のイメージを持った作品です。ムーア・マザーは、アメリカ出身でありながら、その思想にアフロ・フューチャリズムの要素があり、ハチスノイトさんは日本出身ですが、イギリスを拠点に世界中を飛び回るヴォイス・パフォーマー。そんな背景も本作のイメージにフィットしていました。彼らは、脱国境的な活動を展開しつつ、どこかルーツに導かれているようなところも共通していると思います」。

 丸みのあるシンセの音色が特徴の“Tower of Cloud”、笙がマリンバと交差しながら独特のアンビエンスを醸し出す“Pale Purple”、サックスが空間を静かに埋める“Blue Rock Thrush“、シンセサイザーのドローンとヴィブラフォンが柔らかく重なり合う“Desonata”など、多様な楽器がそれぞれの特徴を響かせながら、独自のアンビエント・ミュージックを形成している。音作りでは前作から取り入れたマリンバの影響が大きかったようだ。

 「アンビエント・ミュージックを中心にしようとしたとき、マリンバのミニマルなメロディーが鳴ってるイメージがあったんです。そこで、ずっとマリンバを叩くのではなく、合間合間で音を乗せてくような使い方が多くなり、自然とミニマルなサウンドが出来上がっていきました」。

 最後に、『Migratory』に宿したメッセージについて尋ねた。

 「自然に近いところで生きていこうよ、というメッセージはあると思います。日本人にはもともと、人と自然が切り離せないものだという価値観はあったし、いまもあると思います。例えば俳句には匿名性の美学のようなものがあって、そこでは作家のパーソナリティーが自然に溶け込んでいくような感覚を湛えている。いま、社会で起こっているさまざまな問題は、そういった自然への態度が欠如していることに起因しているんじゃないかとも思いますね」。

Masayoshi Fujitaのアルバム。
左から、2013年作『Stories』、2015年作『Apologues』、2018年作『Book Of Life』、2021年作『Bird Ambience』(すべてErased Tapes)

『Migratory』に参加したアーティストの作品。
左から、ムーア・マザーの2024年作『The Great Bailout』(Anti-)、ハチスノイトの2022年作『Aura』(Erased Tapes)