音楽ライターの八木皓平が監修を務め、〈ポスト・クラシカル〉と〈インディー・クラシック〉 という2つのムーヴメントを柱に、21世紀以降のクラシック音楽をフィーチャーする連載〈Next For Classic〉。この第9回では、前回に掲載したMasayoshi Fujitaと同じタイミング=2015年に取材を行っていたものの、未公開となっていたイレースト・テープス主宰、ロバート・ラスのインタヴューをお届けしよう。ニルス・フラームやピーター・ブロデリックを擁するポスト・クラシカル最重要レーベルがどのように形作られていったのか? そのはじまりと道のりが明かされている。 *Mikiki編集部
この連載〈Next For Classic〉ではクラシック音楽~現代音楽が、現在の音楽シーンにおいてどのように展開されているのかを、〈ポスト・クラシカル〉と〈インディー・クラシック〉というふたつのカテゴリーを通して見てきた。これらを紹介する際に心がけてきたのは、それぞれの震源地でありフロントラインであるようなレーベルをひとつ据えて語ることだった。その役割を担うレーベルとして選択したのは、前者がイレースト・テープス、後者がニュー・アムステルダムだ。これらのレーベルを中心にして論を進めることで、それぞれのカテゴリーが持つポテンシャルをわかりやすく提示することが狙いだったのだが、それはある程度実行できていたのではないだろうか。となるとそろそろ、イレースト・テープスやニュー・アムステルダムのレーベル・オーナーがどのような考えのもとでレーベルを運営しているのかが気になってくる頃合いだろう。
そういうわけで、今回の連載はイレースト・テープスのオーナーであるロバート・ラスのインタヴュー記事だ。このインタヴュー自体は2015年に行われている。3年前の発言であるにもかかわらず、レーベルについて語るロバート・ラスの言葉の数々は、現在のレーベルの在り方とズレていないどころか、より音楽的に純化/深化している活動を予見していたかのようにも思え、一切古びていない。2017年に10周年を迎えたイレースト・テープスは現在、ニルス・フラームやピーター・ブロデリック、オーラヴル・アルナルズといったレーベルの中心となるような音楽家だけではなく、ダニエル・ブラントやダグラス・デア、ペンギン・カフェといった才能たちが層を厚くしている。日本人アーティストも在籍しており、ハチスノイトや前述したMasayoshi Fujitaが活躍し、充実した作品をリリースしている。
そんなイレースト・テープスを支えるオーナーであるロバート・ラスの思想はいったいどんなものなのかを訊くことが、このインタヴューの最大の目的だ。音楽的教養をどこで得たか、レーベルを運営する経緯はどういうものだったか、レーベルのコンセプトは何かなど、さまざまなことが語られているこの記事は、ロバート・ラスがどんな想いを抱きながらレーベルを運営しているのかを教えてくれる。
静寂はノイズがあってはじめて成り立つ
――まずはあなた個人の音楽遍歴から訊かせていただきたいです。両親が二人とも音楽好きだったそうですけど、音楽を聴くようになったのはご家族の影響があったんですか?
「父が教会のオルガン奏者であったのと、大叔母がピアノを弾いていたというのもあって、音楽というのは表現の方法のひとつであるということを理解していたし、それと同時にぼくの家族を繋いでくれるものだった。また、子供の頃はMTVやラジオから音楽を学んだよ。母に関してはシングル盤が大好きで、〈この曲は知ってるけど、誰が歌っているのかよくわからない〉なんて言いながら、7インチのシングル盤をすごくたくさん集めていた。
父は大好きなアルバムを端から端まで聴いて、その音楽について熟知しているような、そういうタイプの音楽の聴き方をするような人だった。彼はオーティス・レディングとかウィルソン・ピケット、ジョー・コッカ―なんかを聴いていたね。あと、CDプレイヤーが世の中に出回ったときに、彼が持っているアナログ盤のすべてをプレゼントしてくれたことがあって、それがぼくにとってすごく大きな経験としてある。彼がくれたアナログ盤のなかに、一枚だけ未開封のものがあって、それをなぜ開けてないのか気になっていたんだけど、なんか親に訊くのが怖くて訊けなかったんだよ(笑)。
あるとき、勇気を出してそのアナログ盤を開けたんだけど、それはレナード・コーエンのアルバムだったんだ。アルバム・タイトルは忘れちゃったんだけど、声が本当ににスペシャルだったよ。いままで自分が聴いていたポップスとは違って、この人がソングライターとして中身のあるものを歌っているという感じがあった。そこに非常に特別な想いを抱いたことをいまでも覚えている」
――イレースト・テープスはクラシックの影響が強い音楽家が多く所属しているレーベルとして知られていますが、ロバートさんはその頃からすでに、クラシック音楽に対する興味を持っていたんでしょうか?
「それを強要する家でもなかったから、家庭でクラシック音楽の勉強はしてなかったな。ただ、家族みんながジャズをよく聴いていたよ。それでもやっぱり強要するような聴き方じゃなかった。例えば何かジャズをかけてくれたときに、〈それは好きではない〉って言ったら〈じゃあ他のものを聴こう〉といった感じの環境だったね。趣味を押し付けてくるような親じゃなかった。そういえば、自分はよくボレロを聴くのが好きだったな。当時から、リズムに対してすごく興味があった。ぼくがスティーヴ・ライヒを好きなのは、彼の作る音楽が持つリズムに惹かれて聴いている部分がすごくある」
――ジャンルを越えて、さまざまな音楽からの影響を受けてきたんですね。
「ほかにもいろんなものから影響を受けているよ。幼少期から一人で作業をするのが好きなところがあって、部屋に籠ってずっと絵を描いていたりすることもあった。もう少し成長してからは、建築の勉強を熱心にしたしね。ただ、それらの行為は常に音楽と共にあった。そういったものすべてが音楽を媒介に、シームレスに自分のなかで繋がっているよ。何か音楽を聴いたら他のカルチャーにも繋がってくる、といった具合に。ここ2週間マサさん(Masayoshi Fujita)と一緒に車で運転しているときも、いろんな音楽を聴いていた。ずっと日本の音楽を聴いているね。ぼくは以前からコーネリアスやYMOが好きだったけど、今回の来日では、はっぴいえんどのメンバーが誰と繋がってとかそういうこともいろいろ学べておもしろい(笑)。話は変わるけど、カンというバンドを知ってる?」
――ドイツのロック・バンドのことですよね?
「そう。ぼくは彼らからも影響を受けているんだ。ぼくは幼少期はドイツに住んでいたんだけど、ドイツには誇りに思えるバンドがほとんどいなかったんだ。そんななかで輝いていたのがカンだよ。世界的に認知されているというところもあったけど、彼らはすごくオルタナティヴな発想の音楽を作った。キャッチ―な部分もありながら、エクスペリメンタルでクレイジーな部分があって、素晴らしいコントラストを成しながら表現をしていたと思うよ」
――いま、話に出た〈素晴らしいコントラスト〉っていうのは、イレースト・テープスのカラーにも当てはまる話なのかなと思ったのですが、どうでしょうか?
「潜在的だけれど、それはあると思うな。意識してやっているというよりも、いま振り返ってみて、実際にそうなっていたと感じている。確かにその通りだな。コントラストっていうのは必要なものだと思っているよ。例えば静寂っていうものを表したかったら、それを表す音が必要になってくるよね。そういう対比はとても重要なものだ。ノイズは常に周りにある。そう考えると、静寂っていうものはノイズがあってはじめて成り立つんだ。
あと、ぼくのレーベルのサウンドが、すべて同じテクスチャーっていうのは絶対に嫌だ。エキサイティングなレーベルとして続けていくためには、常にそういう刺激的なコントラストを追い求めていなければいけない。今日やったラジオ・ミックスではハチスノイトの音楽を使ったんだけど、ガーンってノイズが鳴っているなかでビシッと閉じて急に静かな変調を示すような、そういった繋がりになるようにミックスした。コントラストに溢れているという意味では、world’s end girlfriendもすごく良くて、彼らのサウンドはカオスだよね。音のブラックホールみたいな感じで引きこまれる」