国分友里恵――〈シティ・ポップのミューズ〉が歌と歩んできた半生

 伸びやかでソウルフルな歌声が多くの音楽ファンから支持されるヴォーカリスト、国分友里恵。山下達郎のライヴで長きにわたってバック・コーラスを務め、クリスチャン・ミュージックのシーンでも精力的な活動を続ける彼女に近年新たに与えられたのは〈シティ・ポップのミューズ〉なる肩書き。なかでも林哲司プロデュースのファースト・アルバム『Relief 72 hours』(83年)はその筋の最高峰と目されている。同作がリイシューされてすでに10年以上経過しているが、リリース当時まだ生まれてない若いリスナーたちがこの傑作を、80sポップの変遷を綴る音楽地図において欠かせない一ピースとして認識している傾向があるのをご本人はご存じだろうか? 「不思議ですね」と微笑む国分はこう続けた。

 「当時ブレイクしていたわけでもないのに(笑)。あの頃あったのは、時代の少し前を行きたいって気持ち。その想いを胸にサウンド作りにこだわり続けた未来として〈現在〉がある。音楽の流行のサイクルってもう何周もしているじゃないですか? そのなかで残ってきたものはどんなに古かろうと新しく感じられる――私の作品もそうなっているのかな。これで音楽カルチャーの一部分になれたのかなって。ここまでコツコツ続けてきたからこそ得られたご褒美ですね」。

国分友里恵 『国分友里恵 ベスト・コレクション』 Sony Music Direct(2024)

 このたび編まれた2枚組『国分友里恵 ベスト・コレクション』に詰まっているのは、彼女のこだわりとたゆまざる精進の歴史だ。Disc 1は主に80年代の楽曲が並び、Disc 2は90年代を網羅した構成になっているが、デビューから15年間に及ぶ試行錯誤の日々の記録であるからしてサウンドから何からヴァリエーションの幅がハンパない。高校時代にロック・バンドのヴォーカルを務めた国分は、歌を続けるうちにアレサ・フランクリンなどのソウル・シンガーに惹かれ、彼女らから受け取ったスピリットを自分のものにしていきたいという想いに駆られていく。時代はソフィスティケイトされた音楽が幅を利かせはじめた頃、パティ・オースティン、ランディ・クロフォード、エスター・フィリップスのようなクロスオーヴァーな音楽に心酔し、ライヴではシーウィンドの曲をレパートリーにしていた。初のレコーディングは、鳴瀬喜博のリーダー・バンド、QUYZの作品。それを耳にした林哲司からオファーがあり、『Relief 72 hours』の制作へと至る。

 「洋楽かぶれで、日本語詞に慣れていなかったけど、やってみたらすごく楽しかった。林さんが作る曲も洋楽っぽさがあったし。レコーディングのときに流行りの音楽をいろいろ聴いて盛り上がったのも思い出ですね。去年、林さんの50周年を祝うコンサートに出演させてもらったんですが、パンフレットで私のことを〈教え子みたいなものです〉と書いてくれていてすごく嬉しかった」。

 また人気が高いのは、“I Wanna Be With You”などブラコンの意匠で固めたナンバーたち。ファンキーでアグレッシヴなギター・カッティングやデジタル・ビートをバックに、しなやかに歌う彼女がひたすらカッコいい。

 「あの頃って、歌と同じぐらいにギターの音が前に出てきていて、弟に音を送ったら、〈歌が聴こえないんだけど〉って言われた(笑)。とにかく大人っぽい世界をめざしていた時期ですね。サウンド作りもコンピューターを導入して時間をかけて行い、毎日が冒険の連続で。〈ファンキーでポップな新しいものを作りだそう〉という熱量がすごかった」。

 そして90年代。カシーフをプロデューサーに迎えた97年作『Reservations for Two』(レコーディングの思い出はランディ・クロフォードと電話で喋ったことだそう)を制作したりしつつ、自分で作詞することにもチャレンジ。そんななかで生まれたのが、中山美穂に提供した“ただ泣きたくなるの”(94年)だ。この曲はミリオンセラーを記録し、90年代のガール・ポップを象徴する一曲となる。そして以降のライフワークとなるクリスチャン・ミュージックの世界へと進出。ずっと夢だった讃美歌を歌う人にようやくなれた。

 「幼い頃から歌以外で生活することが想像できなくて。歌っているときは、幸せ!っていうより、なんか〈自分らしい〉って思えるんです。今回こういうベストが作られたのも、継続してここまでやってこられたことが大きい。若いときはいろんな音楽を一生懸命に探したし、心躍る経験をたくさんさせてもらった。いま私がその供給者になっているんだって実感を得られているのが嬉しいですね」。

 このベスト盤には、彼女がこだわり続けた音楽に対する強い愛情が詰まっている。そんな作品をどう聴かれるのが嬉しいですか?と訊くと、「歌がすごく好きな人たちに聴いてもらいたい。ただそれだけかな」という言葉が返ってきた。

国分友里恵の参加作を一部紹介。
左から、11月29日にリリースされる中山美穂の7インチ『遠い街のどこかで…/ただ泣きたくなるの』(キング)、Night Tempoの2021年作『Ladies In The City』(ユニバーサル)、角松敏生の85年作『GOLD DIGGER~with true love~』(Air)

国分友里恵の作品と参加作。
左から、83年作『Relief 72 hours』、87年作『STEPS』、90年作『Silent Moon』、91年作『Do You Love Me』(すべてAir/ソニー)、95年作『憧憬』、96年作『Whisper Whisper』(共にビクター)、97年作『Reservations for Two』(ソニー)、2001年作『Savior』、2003年作『Nobody Knows』、2019年作『この人を見よ』(すべてライフ・ミュージック)、NORIKIの83年作『NORIKI』(ユニバーサル)

 


LIVE INFORMATION
国分友里恵 Relief 2024

2024年10月13日(日)東京・目黒BLUES ALLEY JAPAN